とある馴れ初めの物語

□長い序章
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=ユラ目線=


何もかもがあっという間の出来事で、終わってしまってからやっと現実に引き戻されたような感覚だった。

携帯に擬態する謎のロボットに遭遇し、偽造航空券で飛行機に乗り、黒尽くめの男たちに連行され、あれよあれよというまに巨大ロボットの戦争に巻き込まれ、気がついたら終戦…
とりあえず人間に対して友好的な方が勝ったようで一安心のはずが、メガトロンという存在は、ユラの心に大きな爪痕を残していった。

何故自分が執拗に追い回されたのかはわからない。
何を言われたのかも理解できないが、逃げるときに背後から言われた台詞だけはなんとなくだが理解できた。
拙い英語力で自信はないが、間違っていなければ「お前は俺のものだ」と言われた気がする。
きっと、ドSなイケメンに言われたら女子がキュンとするような台詞なんだろう。
しかしそれを自分に言ったのは巨大な金属の生命体で、理由は不明だ…。

「本当に何も知らないんです…」

やっと日本語で話せる人間が呼ばれて(中国人らしいが流暢に日本語を操る男性で、ここにきてやっと安心した。)説明を求められたと思えば、自分はディセプティコンという悪の組織の方と繋がりがあるのではないかと疑われていることを知った。
今日起きたことを説明し、なんとか信じてもらえたようだが、今度は自分に護衛をつけるという話を切り出された。

「護衛…ですか?」
「言葉を理解できてなくても、メガトロンがあなたを拐って何かを企んだことは確実です。オプティマスプライムが言うには、ディセプティコンというメガトロンの仲間がまだこの星にいて、彼らがいるうちは危険なのであなたを一人にしておけないとのことです。」
「…」

話が突飛すぎて脳の処理能力が追い付かず、何度も同じ事を聞いた気がしたが、根気強く説明してくれたこの男性には感謝だった。

なんとか整理整頓すると、彼らはロボットではなく宇宙から来た生命体で、ユラを此処に導いたのはディセプティコンという悪の軍団の一味。
ユラを助けたジャズという彼はオートボットというディセプティコンとは敵対している善良な方の組織(?)らしい。
オプティマス・プライムというのはジャズの所謂“上司”のような存在で、彼らは人間に対して友好的である。
オプティマス・プライムが言うには、ディセプティコンに利用されそうになったユラを放っておくのはよくないことだそうで…

「それで、護衛を…?」
「はい。あなたの護衛にはジャズが着くことになっています。」
「え、け、決定ですか?親がびっくりするのでちょっと…」
「説明は済ませました。」
「えっ!?そっち先ですか!?」
「あなたの安全のためです。」
「…」

とんでもなく大きな話が自分には事後報告で伝えられ、腰が抜けた。
椅子の上でよかった。

メガトロンがSF映画の戦闘機のようなものに変形したのと同じで、ジャズはクルマに変形できるらしく、普段は“最新の警備システムの付いたクルマ”としてユラの傍にいて護衛をすることが決定したそうだ。

「ご近所さんにもビックリされちゃいます…」
「既に決定したことです。」

まだ何も終ってなどいなかった。
知らないうちに、未知の生命体と共同生活を強いられることになっていた。
全てが事後報告で、事務的で、“守られている”というよりも“管理されている”ようにしか思えなかった。
恐らく、まだ自分は疑われているのだろう。

大人たちが席を外したあと、ユラはボロボロと大粒の涙を流して泣いてしまった。
友好的だと言われても、あんな激しい戦いを見せられた後だ。
怖いものは怖い。
守ってほしいなんて思わない。
今すぐ普通の生活に戻りたい。
きっと訴えても聞き入れてはもらえないだろう。

唐突に奪われた日常が、遥か彼方の懐かしい記憶になってしまうような気がした。





準備されていたチケットで日本に帰国すると、その場から早く逃げてしまいたいと思った。
しかしジャズがすでに待機していて、無人のクルマがドアを開けて自分を待っている様子に気分が重くなる。

「…」

元気付けようとしているためなのか、努めて明るく振る舞うジャズの様子すら、今のユラには煩わしかった。

『Hey!I'll drive you home…(待てよ!家まで送る。)』
「Leave me alone…(ほっといて…)」
『…!What the hell…!…?(な、なんだよっ…!)』

数少ない知識として持っていた言葉で彼を拒絶しても、きっと事態は変わらない。
本心を伝えられないことも、また、彼が言いたいことを理解してやれないことももどかしい。
そして何より、まだ彼らのことが怖かった。

「…」
『Come on…』
「私は…」

自分は今まで脇役でしかなかった。
目立たず、目立とうとせず、何かに命を懸けるなんて考えたこともない。

「まだ、あなたたちが怖いんです…」
『…』

きっと、これから進学したり就職したりしても、ありきたりな毎日が待っているのだと呑気に思っていた。
こんな日が来るなんて知らなかった。
自由を制限される日が来るなんて、思ってもみなかった。

街を破壊するほどの狂暴性を秘めたエイリアンに狙われる危険性や、彼らに匹敵するほどの破壊力を持った護衛がつくなんて誰が想像できただろう?
言われたところで納得などできるはずもなく、とはいえ、拒否することもできない。
大きな力の前では、何の権力も持たない、単なる一市民でしかない自分は無力だった。

「…」
『…I protect you,』

背後からかけられたその言葉に、逃げるように先を歩いていた足を止めた。

彼もまた、自分が仲間と離れて日本に来るなんて思っていなかったはずだ。
きっと、人間のことは同じ人間が守るものと思っていたはずなんじゃないだろうか?
言葉が通じなくて、“未知のエイリアン”との共存で戸惑うのは、はたして自分だけなんだろうか?

振り返ればそこに、当たり前のようにドアを開けて待つジャズの姿。
彼はもう覚悟ができている。
守られることしかできない自分は、まだ覚悟もできずにいるのにだ。

「…」

この時、ジャズが話した言葉の意味は理解できなかった。
泣いてしまったがために、聞き取ることも難しかった。
しかし、その優しい声色に宥められているのだということは理解できていて、同時に、覚悟は必ずしも自分のタイミングでできるものではないのだと、覚悟は何かのタイミングで強いられるものなのだと理解できた。

「…よろしくお願いします。」

伝わったかどうかはわからないが、ユラは目の前のクルマに乗り込んだ。
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