□八月六日、とある夏の日
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『黙祷』


ラジオから流れる静かな声はそう言うと、背後からゆっくり近づくように厳かな鐘が響き始めた。


「……」

「……」


僕と竜崎は目を瞑りながら俯く。

丁度2年前に起こった広島での惨劇の犠牲者に向けての追悼。


(竜崎も目、閉じてるのかな)


そう思ったのと重なって、僕は無意識にちらりと横目で竜崎を見た。

いつものギョロ目はなく、筋の通った鼻が…

…かっこいい。


そう自分が思ったことを自覚した瞬間、ボッと顔が赤くなった気がした。

…何を考えている、僕は。

竜崎を"かっこいい"だなんて。


(…不謹慎だ、こんなときに)


僕は自分で自分を戒めると再び目を瞑る。

数分間の黙祷を終え、僕は開口一番にこう言った。


「竜崎って意外と人間味があるんだ」


僕が先程思ったことを隠すために。


「…どういう意味ですかそれ…」


竜崎は案の定不機嫌そうな顔をしていつもの特等席…椅子に飛び乗り、足を抱える。


「こんなに真面目な顔した竜崎は初めて見たんだよ」


事件を推理しているときよりもずっとね、と僕は付け足した。

別に竜崎がおかしかったわけじゃないんだけど。

どんな顔をしているのかなと思ってもう一度ちらりと竜崎を見ると、竜崎はどこか寂しそうな表情をしていた。


「…竜崎?」


言い過ぎてしまったかと心配になって声をかけると竜崎は小さな声でポツリと


「…2年前に…大切な人を亡くしましたから」


と呟いた。


「………」


僕は少し驚いた。

2年前の3月に家族を失った僕。

そしてこんな人並みとは思えない竜崎も僕と同じように失っていたんだ。

…大切な人を。


「…優しくて厳しくて…それでも私はその人が大好きでした」


竜崎は目線を窓の向こう側に向けながらそう続ける。

竜崎がその"大切な人"を瞳に浮かべながら話す様を見ていると、何故か心がズキリと痛んだ。

もうこの世にはいない人を想う竜崎。


「その人はこの探偵業を支えてくれてもいたんです。すごく…すごく、私のためになってくれました」


そのせいでその人は死んでしまったんですが、と言うと竜崎は酷く項垂れた。

竜崎が僕と出会ったのは3月のことで、それからこの日までの5ヶ月間こんな竜崎は初めて見る。


――竜崎はこんなに"大切な人"を―――


頭でそう思ったときには何故か、


僕は竜崎を腕いっぱいに抱き締めていた。

   
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