本当に不可解なおとぎ話

□かぐや姫
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観測史上、日本列島で最も多く見られる金環日食が話題となった。
地上から見た月の大きさと太陽の大きさの僅かな誤差が引き起こす、思わず奇跡と呼びたくなるような偶然の連鎖が重なった天体ショーだが、残念ながら私の場合、出勤時間に重なるため、落ち着いて見物する事はできなかった。

月を題材にしたおとぎ話は数多く有るが、誰もが一番に思い出すのは「竹取物語」であろう。
まぁあえて童話っぽく言えば「かぐや姫」である。


むかしむかし、竹取の翁が竹を取りに竹林に向かうと、林の奥に不思議な輝きを放つ一本の竹を見つけた。
翁が切って見ると、中からそれは可愛い女の赤子が出てきた。
翁は家に連れて帰ると、赤子を「かぐや」と名付け、大切に育て上げた…


実はあまり詳しく知らないので、改めて「竹取物語」を読み返して見たところ、読んでいるうちにだんだん腹が立ってきたので、今回は怒りのエッセイにしてみる事にした。

何が腹が立つって、物語のクライマックスに登場する、月の都の住人達だ。

元々子供のいなかった竹取りの翁達老夫婦は、我が子以上にかぐやを大切に育てたのに、いきなりやっと来て「かぐやは月の都の住人だから連れて帰る」とは、身勝手にも程があるぞ!

かぐやが地上の翁の元に来たのは、修行のためだかなんだか知らないが、それならそうでせめて事前に説明くらいするべきである。

勝手に翁の元に送り込み、愛着が出来て別れるに別れられない状況になってから、返せってそりゃないぜ!

他の鳥の巣に卵を産み付け、自分では子育てを一切しないカッコウよりタチが悪い!

月の都の住人はかぐやを送り込んだ後、かぐやを不自由させまいと、同じ竹林に金銀財宝を送っていたが、それもずいぶんイヤミな話じゃないか?

翁のところじゃたいした暮らしはできないってか?
大きなお世話だって!

だいたい、かぐや姫は修行で地上に来ていたんだろう?
修行で来てるなら不自由も修行の内だろう?
そんな修行者に「不自由をさせては…」などと施しをして、修行になんかなる訳がない!


月の都の住人達の言い分は「金は払ってたんだから問題無ひでしょ?」という訳だ。

なんとも厚生労働省もビックリのお役所仕事っぷり!

しかも、かぐやが体調を崩している事を知ると「おおかわひそうに、下界で悪ひものばかり食べてひたからにけり」などとぬかす始末。

その言いぐさはなんだ!
月の都の料理どのくらい豪華なのか知らないが、翁だってかぐやのために下界でできる精一杯の事をしてやっていたハズなのに!
基本的な生活水準の違いを責めるなんて高度な文明人のやる事じゃない!


時代背景を考慮しても、きゃつらの態度にはかなり問題がある。
上から目線に、恩着せがましい口調…

イマイマシイ!
このまま黙って帰してなるものか!
なんとか人の気持ちが解らないこの月の都の住人どもをギャフンと言わせる術は無ひのだろうか?


だが、物語は非情にも老夫婦とかぐやの惜別の時は近付いていく…
なししろ相手は月の都の住人だしな…
下手に逆らえば、どんな手段で報復されるか解ったモンじゃない。
やはり、竹取の翁ら老夫婦は泣き寝入りするしか無いんだろうか?

ついに今生の別れの時…
かぐやは月の都の住人達が用意した牛車に乗ぬり込むと、牛車はゆっくりと月へ向かって進み出した…

ん?牛車で月まで?
ずいぶんノンビリしてるじゃないか月の都の住人達?
コイツら正気か?

地上から月までは37万5000kmもあるぞ。
牛車なんて、人が歩くよりも遅い乗り物で、地球9周半もの距離を行くつもりか?

牛車のスピードを速かったとしても、せいぜい時速5kmと仮定した場合、月までの帰路に掛かる所要時間は75,000時間!
8年205日も掛かる!

月の都の住人達が、我々同様一日一泊の休眠を取るとすれば、旅宿が3,125軒も月までの旅路に必要だ。


そういえば、物語の中でかぐやは竹林で翁に拾われてから月に帰るまでの僅か3年の内に成人となった。

月に帰る頃、人間でいう18歳くらいの年齢だったとしたら、通常の人間6倍のスピードで年を取る事になる。
その上で8年も掛けて月に帰ると、かぐやが月に着く頃には、66歳になっている計算だ!

別に年齢の事をとやかく言うつもりはないんだか、このまま地上に住んだ方がいいんじゃない?
少なくとも青春時代の大半を月までの帰路で過ごすよりはよっぽど有意義なような気がするんだが…

それでもお役所体質な月の都の住人達は、杓子定規に連れて帰ろうとするんだろうな…


まてよ!?
それどころか本当に無事に帰れたのか?

子供の頃に見たアニメや実写では、かぐやを牛車に乗せた月の都の住人一行は、月から翁の屋敷まで真っ直ぐに伸びた光の道に乗ってゆっくりと歩いて行った。

月はずっと空の上に有る訳ではない!

説明するまでもないが、月は地球のまわりを回っている。
東の山から出てきた月は、いずれ西の地平線へと沈んで行く…

月の公転周期はおよそ27日と8時間である。月は地球の自転方向と同じ方向へ公転しているから、地球の自転速度を月の公転速度が追いかけていると考えれば、地球の一地点から見た月の相対的公転時間は、地球の自転より1時間程遅い約25時間と仮定できる。

すると、地上のある地点から月が見えている時間は、長くてもおおよそで1/4の6時間と15分。

その時間内に地球の四半周分の1万kmを突破しなければ、月が沈んで行くに従って光の道の角度もどんどん低くなっていき、ついには地上に墜落してしまう!


牛車のスピードが時速5kmなら、6時間15分で進める距離はたったの15.25km!

た、足りん!絶望的に足りない!!
このままではかぐやを乗せた月の都の住人一行は、出発の6時間15分後に翁の屋敷から15.25km先の地点に墜落する事になる!



…フン!どうなろうと知った事か!

人の気持ちを踏みにじるような月の都の住人どもにはいい薬だ!

月の都の住人どもに起こった悲劇は、路肩で故障しているレクサスみたいなモンで、誰もが「ザマぁ〜無い」と通り過ぎるような出来事である。
いとをかしと鼻で笑っやればいい!

しかし同乗していたかぐやにとっては、とんだトバッチリだ。

かぐやは、別に月に帰りたかったという訳ではない。
少なくともかぐやは、月に帰るよりも翁ら老夫婦との生活を続けたかったハズである。

かぐやは、あまり月の都の住人達に逆らう素振りは見せなかったが、こういう結果を知っていたら頑なに拒否しただろう…


【注釈】
↓[金環日食]
地上から見た太陽と月の公転軌道が重なる現象を日食と言う。
月は地球に対して楕円軌道を描いて公転しているので、月の位置によって太陽が全部隠れたり、リング状に見えたりする。
金環日食はリング状に見える現象で、全部隠れた場合は皆既日食と言う。


↓[竹取物語]
日本最古の物語。
今回エッセイを書くにあたって読み返してみたら、かなりドライな物語だった事が解った。
ちなみにエッセイに取り上げた内容は、どちらかと言うとおとぎ話としての「かぐや姫」を題材にしているので、あしからず…


↓[カッコウ]
鳥綱カッコウ目カッコウ科に属する鳥の総称。
カッコウには自分で子育てをする習性は無く、ヨシキリやモズの巣に卵を産み付け、モズらに育てさせる宿卵という行動をとる。
ヨシキリやモズに比べ、はるかに巨体なカッコウはヒナもまた巨体だ。
モズらは自分よりも巨体なヒナをたくましい我が子と信じてエサを与え続ける。
無論、鳥ゆえ養育費など払う事も無い。



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