本当に不可解なおとぎ話

□吸血鬼
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別々の物語に登場する架空の種族や怪物は、物語が違っても基本的な設定は守られるのが通例である。
それはその種族や怪物が物語以前から伝説として語り継がれてきたからに他ならない。

だから、人気の高い怪物はいろんな物語で使い回しされ、基本的な設定は前作を忠実に再現され、受け継がれていくのだ。

中でも吸血鬼は欧米では最もポピュラーな怪物と言っても過言ではないだろう。
物語以外でもヨーロッパの各地に吸血鬼伝説は語り継がれ、実在した、あるいは実在していると信じている人も少なくない。

いわゆる吸血鬼の元祖は、ギリシャ神話に登場する女吸血鬼ラミアであるとされているが、現在我々が知る吸血鬼のイメージを決定付けたのは、やはりブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」であろう。
それまでの吸血鬼には人の生き血を吸うという事以外、とりわけ決まった設定は無く、自由なイメージで描かれてきたが、19世紀にこの作品が発表されて以降、吸血鬼のイメージは暗黙のルールに従うようになった。

物語によって多少の誤差はあるものの、吸血鬼の設定はだいたい以下の通りである。

・二本の牙が生えていてる
・首筋に噛みついて血を吸う
・血以外は一切口にしない
・処女の血が大好物
・基本的には不老不死
・胸に杭を打ち込めば殺せる
・日光を浴びると灰になる
・十字架を恐れる
・ニンニクが嫌い
・銀に触れると燃える
・コウモリに変身する
・棺桶の中で眠る
・吸血鬼の血を飲むと吸血鬼になる

後に描かれる吸血鬼の特徴は、この暗黙のルールをほぼ忠実に守っている。

まるで吸血鬼のマニュアルが存在しているかのようである。

しかし、時代と共にこの暗黙のルールが緩和されて来たのも事実である。

無論、ルールを真っ向から否定する訳ではなく、一応ルールに乗っ取った上で、ルールの抜け穴を探すかのように、解釈だけを緩和させ「ここまでならセーフ」というルールを曖昧化させていった格好である。

まるで今日の憲法九条を巡る解釈のようなモノととらえればキレイに聞こえるかも知れないが、どうもその解釈が吸血鬼の存在さえも揺るがしかねない事態になってしまっているのを、当事者の吸血鬼達は理解しているのだろうか?

以下、吸血鬼のルールの解釈の方向性について検討していきたい。


暗黙のルール
『日光を浴びると灰になる』
↓↓
曖昧化ルール
『日光を浴びても、直接肌に浴びなければ大丈夫。』

特に近代のマンガに登場する吸血鬼にはこのタイプが多い。
しかも、当初は日中活動すること自体NGだったハズなのに、回が進むにつれて、「厚手のコートを着込めばOK」→「日傘をさすだけでもOK」→「サングラスだけでもOK」と、物語の中で次々に緩和されていくパターンが多い。

おそらく物語の中でキャラクターの重要性が増してきてしまうと「夜しか登場できない」では活躍の場が限られてしまう。

活躍の場を広げるために、「ここまではセーフ」という境界線をどんどん甘くしていった結果がこれだ。

さらに、「曇っていればセーフ」という吸血鬼までいる。
快晴の日ほどではないにしろ、曇りりの日でも日光は地上に到達している。
なのにほ「今日は曇りだから」とほとんど無防備で平然と町を歩いている。

百歩譲ってそうだったとしても、突然晴れだしたらどうするつもりなのか?

天気予報の精度は近年格段高くなってはいるが、まだまだ正確とは言えない。
雨予報の精度はかなり高くなったが、晴れ予報は実はそれほど高くない。
これは、晴れ予報が雨になるより雨予報が晴れになる方がクレームが少ないためと思われる。
例えば一日晴れ予報で一時間ほど雨が降った場合、天気予報は「ハズレ」と言われるが、一日雨予報で一時間程度しか雨が降らなかったとしても、天気予報は「アタリ」と言われる。
ようするに晴れて困る人より雨で困る人の方が圧倒的に多いから、雨予報の方を大袈裟に発表するようになっているのだ。

吸血鬼の場合、晴れは困るどころか致命的となるため、晴れでクレームを入れるマイノリティーということになる。

暗黙のルール
『十字架を恐れる』
↓↓
曖昧化ルール
『本物の十字架でなくても、棒きれを交差させただけでも恐れる。』

これは吸血鬼というより、吸血鬼に襲われる側のルールを緩和させた設定である。

吸血鬼に襲われそうになった人が咄嗟に鉛筆などで十字架を作り、難を逃れるというパターンだ。

吸血鬼が十字架を恐れるには理由がある。
十字架は神の信仰心の証であり、十字架の背後には神の存在が有るからだ。
従って、吸血鬼は十字架を恐れているというより、神を恐れているのだ。

単純に棒きれが交差させた物でも恐いとなると、オチオチ外も歩けない。
私が執筆中に部屋を見渡しただけでも、十字架でなくても十字架状の物は5個くらい有る。


暗黙のルール
『血以外は一切口にしない』
↓↓
曖昧化ルール
『血を吸わなくても、代用品はトマトジュースでまかなえる。』

吸血鬼が吸血鬼たる由縁を根本から覆してしまう設定である。

この設定が生まれた背景は、ホラーならともかく近代のギャグ要素の強いほのぼの系マンガでは、吸血鬼といえどもそうそう血を吸っている訳にもいかないという、物語全体の世界観を守る為に吸血鬼側が甘んじて妥協した設定とも言える。

登場してから最後まで、一度も血を吸っていない「名ばかり吸血鬼」が近代マンガにはごろごろいる。

問題なのは、だからといってその代用がトマトジュースでいいのか?ということだ。

「トマトジュースで我慢している」と吸血鬼達は口を揃えたように言うが、それで納得してしまったらもはや吸血鬼とは呼べない。

血の代用品としてトマトジュースが選ばれたのは、おそらく外観がよく似ているからであろう。
しかし、あくまで似ているのは外観だけて、血液とトマトジュースでは中身があまりにも違い過ぎやしないだろうか?

トマトジュースでいいのなら、トマトでもいいハズであるし、トマトでもいいならナスでもピーマンでもいいハズである。

一方で普通の人間が血だけを飲んで生きていく事が可能なのかと言えば、これが可能なのである。
血液は極めて栄養価の高い食材である。
体内で栄養分の循環の役割を果たす血液には、タンパク質、炭水化物、脂質の主要要素はもちろん、ミネラルやビタミンなどの微量要素も多量に含み、それだけで充分な栄養補給が可能なのである。
あとは好き嫌いの問題だけである。

血液の代用品がトマトでいけるなら、他の食材も食べようとすれば食べられるんじゃないか?

ようするに、これを認めてしまうと、吸血鬼は牙の生えたただの偏食主義者という事になってしまう。


こうなってくると、そうまでして吸血鬼の暗黙のルールを守る必要はないんじゃないか?と思うのだが、どういう訳かこの呪縛から逃れようとする者はほとんどいない。
せいぜい「ジョジョの奇妙な冒険」のディオくらいのモンだ。

別に真っ昼間から普通に歩いてたっていいんじゃないか?何でも食えるけど特に血が好きって事でいいんじゃないか?

まぁいくら休日とはいえ、真っ昼間から酒飲んでるのは気が引けるのと同じで、日光を浴びても平気とはいえ、吸血鬼が真っ昼間からうろうろしてるのは気が引けるだろうから、ある程度は吸血鬼の方が自粛してくれるんじゃないかと思うんだが…


もしかして吸血鬼達がそう思い込んでいるだけで、実際はそんな事はないんじゃないか?
酒が飲めないと思い込んでいる人が、実際に飲んでみると結構イケるのと同じで、血しか飲めないとか、日光を浴びると灰になるとかと思い込んでいるだけじゃないのか?

彼らが現状、生きていてその上で「日光を浴びると灰になる」と思っているという事は、少なくとも自分では試してはいないという事だ。
試してみてナンともなかったんなら、もう日光を避ける必要は無い訳だし、やっぱりダメなら一回こっきり、ハイ!ソレマデヨだ!

おそらくは、吸血鬼の長い歴史の中で、諸先輩吸血鬼達の失敗例から彼らは学び、現在の「日光を浴びると灰になる」という結論に至ったのだと思われる。

まぁ自分で試す意味で少しずつ緩和されているのかもしれないが…

とにかく、吸血鬼だから日光はダメとか、血以外はダメとかという結論は、いささか勇み足のような気がしてならない。
「吸血鬼ドラキュラ」のドラキュラ伯爵と「怪物くん」のドラキュラが、同じタイプの吸血鬼にはとても思えんのだ!

吸血鬼諸君、思いきってお天道様の下に飛び出してみれば、君達の世界は広がるかも知れないぞ!!
無論、彼らにとっては極めて高いリスクを伴う実験なので無理にとは言わないが…


【注釈】
↓[吸血鬼伝説]
ヨーロッパで吸血鬼伝説が広まった原因は、東欧で蔓延した狂犬病ではないかと言われている。
喉のひどい炎症により、食べることはもちろん、水を飲むことも困難になり、神経が異常に過敏になることから、光やニンニク臭などの強い刺激に弱くなり、次第に肌に布が触れているだけで痛みで泣き叫ぶなど、いわゆる吸血鬼の症状とよく似ている。
また、狂犬病ウィルスを媒介していたのがコウモリだったことも一因なのかもしれない。

↓[ラミア]
ギリシャ神話で、全能の神ゼウスの愛人だったとされている。
ゼウスに裏切られた怒りで美少年の生き血を吸う吸血鬼になったとされている。

↓[ブラム・ストーカー]
18世紀から19世紀を生きたアイルランド人の小説家。

↓[吸血鬼ドラキュラ]
おおよそのあらすじ
ドラキュラは元々15世紀頃のトランシルヴァニアを治めていた貴族であり、誰よりも献身的なクリスチャンで、神のために自らの部隊であるドラゴン騎士団を率いて十字軍に参加し、イスラム教徒から聖地エルサレム奪還の為、戦場で命懸けで戦った戦士だった。
しかし神に裏切られ、愛する妻を奪われた怒りで、悪魔と契約し、神に復讐する吸血鬼となった。
時が過ぎ、19世紀のロンドンヘ舞台は移り、ドラキュラ打倒を目論むヘルシング教授らとの戦いや、運命の女性との出合い、そして愛と狂気の葛藤を描いた物語。
ちなみにドラキュラのモデルとなった人物は15世紀のワラキア公国の貴族で、「串刺し卿」の異名を持つヴラド・ツェペッシュ三世であるが、彼は母国ルーマニアではオスマン帝国の侵略から国を守った英雄とされている。

↓[暗黙のルール]
本文中の暗黙のルールを真っ向から無視していた吸血鬼といえば、大ヒット漫画「ときめきトゥナイト」の主人公の江藤蘭世だ。
ただし彼女は人の生き血を吸う吸血鬼ではなく、噛みついた相手に変身できる「姿を吸い取る吸血鬼」ということ。
しかも彼女は吸血鬼と狼人間の混血。物語の舞台である魔界でも「例の無い混血」と言われていたので、我々がよく知る吸血鬼とはまったく違うタイプと考えていいのだろう。
彼女の父親の江藤望里は正統派の吸血鬼だったが、連載当初の設定を徐々に「慣れ」の一言で克服してきた吸血鬼界最大の開拓者かもしれない。

↓[コウモリ]
哺乳綱翼手目に分類される総称。
俗にいう吸血コウモリとは、チスイコウモリなどごく一部の種で、ほとんどのコウモリは昆虫や果実を主食とする雑食である。
チスイコウモリも血が主食という訳ではなく、手っ取り早い栄養補給方法をおぼえただけで基本的に雑食
ちなみにチスイコウモリの吸血方法は、吸血鬼とはだいぶ違う。
吸血鬼の場合、たいてい牙を突き刺したまま牙からストローで吸うようにチューチュー吸うが、チスイコウモリは怪我を負った動物の傷口から流れ出る血液をペロペロ舐める。
吸血鬼の吸血方法はコウモリというより、むしろ蚊やダニに近い。

↓[晴れて困る人]
主に農業関係者となるが、私などめんどくさい野外イベントが中止になって欲しいから雨が嬉しいと思う。
これもマイノリティーになるのかな?

↓[名ばかり吸血鬼]
「怪物くん」のドラキュラは物語中、トマトジュースしか飲んでいなかった。
坊っちゃん(怪物くん)の命令でそうしていると彼は言っていたので、我々の知らないところで人を襲って血を吸っていたという事は無いようだ。
他の物を食べていた様子も無いので、彼はトマトジュースだけで生活していたと思われる。
吸血鬼どころか、もはやベジタリアンである。

↓[血は極めて栄養価が高い]
実は色が違うだけで、母乳はほとんど血液なのだ。
血液が乳腺を通って染み出ているだけなので、母乳はもちろん、牛乳を飲むという事は、血を吸っているのと同じである。
トマトジュースよりよっぽど血の代用食としてふさわしい。
だから、吸血鬼は血が飲めないなら、代用品として牛乳を飲めばいいんだ、牛乳を!!

↓[ディオ]
人気マンガ「ジョジョの奇妙な冒険」の何世代にも渡るジョジョの宿敵。
初代ジョジョのジョナサンの時代からのジョースター家と確執。
その頃に呪いの石仮面を被り吸血鬼となる。
名台詞「ジョジョ!!オレは人間やめるぞ!」

↓[伯爵]
爵位とは王政国家において貴族や国家に貢献した家系に与えられる身分制度の上級称号である。
階級はおもに上から、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵。
日本でも明治維新以降、公家の家系や大臣などを歴任した家系に与えられたが、戦後、GHQによって廃止された。



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