天地開闢

□戯れ
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遠くで昼ドンの音がする。

ドーン、ドーンと正午を知らせる空砲の音に、京の町を行き交う人々はもうこんな時間かと、

己の腹を撫でさすり近場の飯屋の暖簾をくぐる。



この大砲の音は、御所のお庭から遠ければ遠いほど遅れて聞こえるんじゃ、と以前辰馬が言っていた事を思い出しながら

銀時は軽い財布の中身を手のひらに取出し、溜息をついた。

つい先ほど桂に頼まれた買い物を済ませ、後は好きに使って良いと言われたものも、

この分では昼食か甘味かどちらかを我慢しなくてはならないようだ。

小腹は空いているが、甘味も捨てがたい。

だがどうせ町に出て来たのだから、都地利の抹茶パフェも食べたい。鍵屋の葛きりも食べたい。



そんな事をうだうだ考えて居ると、不意に左肩に衝撃を感じ、二、三歩よろめく。

道の往来で立ち止まっていた自分が悪いのだが、

今の衝撃で手のひらから小銭がジャラリとこぼれ落ち、とっさに「あっ」と声を上げた。



「っと、悪ぃ・・・・って銀時か」



白粉の匂いを漂わせた伊達男がよろめいた銀時の腕を掴む。

女物の小袖を肩に羽織っている男は、銀時の良く知る人物だった。



「なんだよ、高杉かよアブねぇなぁ」



自分の腕を掴む男を見て、銀時は溜息をつく。銀時が真っ白の着流しであるのに対して、高杉はド派手な赤い着物を羽織っている。

道行く人がこの紅白の組み合わせを不審に思ったのか、ジロジロとした視線を感じ、

銀時は高杉が掴んだままの腕を引っ張って、道の脇に避けた。



そうして改めて高杉をみやる。

昨晩は大きな戦だったというのに、自分も高杉も平和な京の町の往来で遭遇して普通に会話をしている事が

何だかとても不自然なように思われた。

(何か変な感じ。コイツとのイメージは闇の中の草木の匂いと、噎せ返るような血の匂いだからか?)

銀時は高杉との付き合いは長いが、未だにこの男の性格を掴みかねている。



松陽先生の元で机を並べた時期は、坊ちゃん坊ちゃんしていたのに、

次に再会した戦場ではまるで狂犬のように凶暴な男へと成長していた。

昔の面影もない高杉に、正直銀時はどのような距離を取れば良いのか分からないでいた。

辰馬から聞いた話しによると、吉田塾が解散したと同時に、高杉の家は天人に乗っ取られ

父も母も殺されたと聞く。

昔は金持ちの倅で、銀時のような人間とは相容れぬ存在であった高杉が、

自分のように崩れて行く様は見ていて切ない思いをした。

とうの高杉は、そんな落ちぶれた身分も何も気にしていない風であったが。



銀時は感慨深い思いで高杉を見つめたが、彼のド派手は身なりに次第に眉に皺をよせる。



「テメェ俺がヅラに買い物押しつけられてるうちに島原に行きやがったな!」



こちらは昼飯か甘味かどちらかを我慢しなくちゃいけない寂しい財布だというのに、高杉はどうやらハデに遊んできたのか

全身に女の匂いをしみつかせている。

昼ドンがなる時間まで花街に居たということは、随分とお大臣様と言ってちやほやされたに違いない。



「しかもテメェ、居続けしやがったな、あ〜あヅラに言いつけてやろ」



お上が花街の営業を制限し、泊まりが禁止になったのはつい去年の話しだったが

天人の来襲によって大分取り締まりが弱くなっているらしい。

昨晩、宴の途中でフラリと消えたと思っていたら、女の柔肌の上で過ごしていたらしいのだ。

何となくムッとしながら口をとがらせると、高杉が凶悪なツラに笑みを浮かべて銀時の顔をのぞき込んだ。



「女が俺を離さなかったんだよ。

主さんの肌が恋しゅうござりんすぅ―――――って袖を引かれたんじゃ常套句だろうが何だろうが男としては嬉しいじゃねぇか?」

「はっ、島原の女の口説によろめいてるなんざぁ狂犬様も可愛いもんじゃねぇか」

「おいおい、その遣り取りが粋なんじゃねぇか。女をただ布団に引きずりこむだけだったら夜鷹で十分だ」



高杉相手に話しをしているとどうにも疲れる。

どう切り返してやろうか考えていると、その一瞬の隙をついて高杉が爆弾を投下してくれた。



「オメェ、童貞だろ」

「はぁ?」



いきなり突拍子も無いことを言い出したかと思うと、高杉は往来だというのに銀時の首筋に顔を埋めるのだ。



首筋に高杉の鼻があたり、くすぐったいのとゾクゾクするのとで思わず変な声がでる。

それから何を思ったのか、高杉は吐息が分かるほど顔を近づけて断言した。



「テメェはいつも甘い匂いさせてるが、一度たりとも女の匂いを纏わせた事がねぇ」

「っ」



だからなんだというのだ。

戦で血走った男が女に走るのと同様に、銀時はただ甘味に走るのだ。



「テメェに俺の下の世話なんざシテ貰わなくっても結構だね!」



銀さんムカツイタから帰る!と踵を返すとおもいの他強い腕で捕まえられる。

そのままズルズル引きずられるように裏路地に連れて行かれ、銀時は焦って声を荒げた。



「何なんだよ高杉!」

「着いてこいよぉ銀時。テメェに性技ってもんを教えてやらぁ」



と、それはそれは凶悪な笑顔で言い切られ、

絶句した銀時はそのまま高杉によって島原へと連れて行かれたのである。

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