天地開闢

□悪戯
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「もう今日は疲れた…」

夕餉を取り終わった後、部屋に戻るなり、狩衣姿のまま文台の上にぱったりと昌浩が突っ伏してみせる。

それはそうだろう。
 午後から成親の邸へと赴き、今さっきまでそこの兄弟二人と遊んでいたのだ。
 まだまだ幼い元気が有り余っている二人が相手では昌浩などひとたまりもない。
「もっくん助けてくれないし」
 愚痴めいた昌浩の言葉に、物の怪は何も答えない。
 物の怪は相変わらず小さな子供に近づこうとしないのだ。
「俺は毎日毎日一人のお守りで手一杯だからな」
「……なんだよ、それ」
 むくっと起き上がってのんびりと毛繕いの真似事している物の怪をねめつける。
「それはもしかして俺のことを言っているんですか、物の怪さん」
「他に誰がいるんだ。いたら俺の方が教えて欲しいねぇ、昌浩や」
 むーっ、と昌浩の頬が膨れる。それを突きたい衝動にかられつつもなんとかそれを抑えつつ物の怪がにまっと人の悪い笑みを浮かべた。
「言ったな、もっくん!」
 そんな物の怪にがばっと昌浩が襲い掛かる。
「うわっ、やめろ!」
 ぶひゃひゃひゃ、と言う物の怪の奇妙な笑い声が部屋中に響き渡る。
 腹いせとばかりに物の怪をくすぐりはじめたのだ。
 実は昌浩は成親邸にて二人の甥によってたかってくすぐり遊びをさせられ、その鬱憤ばらしも兼ねている。
 物の怪の静止の声に聞かないふりをし、昌浩は物の怪の手触りの良さも手伝って、攻撃の手を止めようとはしない。
 これはたまらないと、物の怪が反撃に転じた。まさか反撃されるとは思っていなかった昌浩はあっさりとその主導権を奪われる。
 一人と一匹がじゃれあって戯れる姿は端から見れば微笑ましい。しかし攻防する二人にとってはかなり真剣だ。
 それでも体力に差がある分徐々に昌浩が劣勢となる。
「やめ!……もっくんっ、降参!」
 笑い声の合間に、そんな声が息も絶え絶えな様子で聞こえてくるが無視をする。先程の仕返しだ。
「もっくん、だめ……だってば。や……っあ」
 だがその声の合間に聞き間違えようのないあえかな声が交ざり始める。
「昌浩?」
 くすぐる手を止めて顔を覗きこめば、笑い転げただけではない理由で、目は潤み、頬は朱を刷いたようだ。
 床に転がり口元を手の甲で押さえるその姿は、頬にかかる髪と乱れた狩衣のせいで余計に艶を際立たせる。
「……紅蓮」
 頬を染めながらも、確かに昌浩がその名を呼ぶ。
 請われままに神将の姿に戻り、覆いかぶさるようにしながら昌浩の頬に手を添えた。
 親指の腹でなぞる様に唇を撫でれば、誘うように薄く開く。
 そんな姿を子供とは呼べない。
 そうしてその色を付けたのは紅蓮自身だ。
「お前は子供じゃなかったっけな、昌浩」
 誰のせいだとばかりに整わない呼吸で潤んだような瞳ににらまれても、請われているようにしか見えない。そのことに昌浩が気付くのは一体いつのことだろう。
「……お前、その顔を他のヤツに見せたりしてないだろうな」
 真剣な面持ちで問いかければ、握りこぶしが飛んできた。
「するわけないだろう! こんな風になるの紅蓮だけだっ」
 照れ隠しも手伝って、噛み付くように昌浩が答える。
 しかしそれは紅蓮の満足する答えだったらしい。
 あとはもう、言葉は要らない刻だけが過ぎていった。

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