狼陛下の花嫁SS

□狼陛下の日常
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白陽国。

そこは、他を寄せ付けない眼光をもつ孤高の『狼陛下』が治める国。

「貴様の言い分は聞き飽きた!まだそのような戯言をぬかす口があるならば首ごと切り落としてしまえ!」

「は・・・。も、申し訳ございません。」

「もうよい。下がれ!」

(う、わぁー・・・・・)

王宮内政務室で繰り広げられる日常的な光景に夕鈴は息を詰めて見守っている。

中央の大きな机の上には、いくつもの書簡。
その間から見え隠れするのは、『狼陛下』拍黎翔である。

(今日もすごい『狼陛下』っぷりだなぁ・・・。そりゃあんだけ仕事あるんだから、同じことを繰り返す臣下に腹を立てるのはわかるけど・・・。)

ちょっと言いすぎじゃないですか?と視線だけ黎翔に送ってみる。

黎翔は夕鈴の視線に気づくと、少し目を細めて笑みを浮かべる。

「!」

鼓動が一際大きく高鳴る。

目が離せなくなって、それ以上彼が何かを言っても内容が頭に入ってこない。

夕鈴の視界を占領するのは、ただ仕事を熱心にこなしていく黎翔の姿だけだ。

(―――まいったなぁ・・・。)

扇で火照った顔を隠しながら、夕鈴はこっそりと黎翔の様子を伺う。
また、こちらに視線を向けてくれないか、その機会があれば逃したくないと思ってしまう。

(好き、だなぁ・・・なんて、陛下に知れたらこのバイト、クビだしなぁ・・・。)

知らずに溜息が零れた。

「また随分、間が抜けた顔だな。」

「は?」

声をした方を振り向けば、補佐官の柳方淵だいつものように眉間に皺を寄せ、夕鈴を訝しげに睨めつけている。

「そのような顔をされては皆の士気が下がる。早々に後宮に戻られた方がよいのでは?」

遠まわしな言い方をせずに、妃である夕鈴にここまで言ってくるような臣下は方淵の他はない。

夕鈴は売られた喧嘩を受けて立つように物思いげな顔を優雅な微笑にかえた。

「では、あなたの士気も下げて差し上げましょうか?」

「見下げた根性だな。言い方を間違えた。早々に後宮に戻られよ。」

そう言うと方淵は書簡を届けに他の臣下のもとへ去っていく。

(相変わらず嫌なやつ!)

方淵の背中を穴があくほどに睨めつけながら、夕鈴は心の中で罵倒の語を並べた。

「物思いに耽っておいでだったので、彼なりに心配したんだと思いますよ。」

後方からの声に首を回すと、同じく補佐官の氾水月が書簡を手に立っている。

「心配?方淵殿が、ですか?」

「えぇ。存外、面倒見がよいのかもしれません。昨日も、昼餉のあとに散歩していたら私を迎えに来て仕事をさせましたから。」

そう言う水月の目はどこか虚ろだ。

「大多数の臣下は皆、彼に対する印象は一様です。それは柳家ではなく、彼が方淵であることを印象づけている要因なのでしょうね。」

「へぇ。」

「まぁ好き嫌いはあるでしょうが。」

少し困ったように笑う水月が夕鈴には、癖のある友達がなかなかみんなの輪に入れないでいるのを心配しているような節がある。

仲が良くない柳家と氾家。
もしや、これは仲良くなるのを公表するチャンスでは!?と、夕鈴は自分の悩みをそっちのけで身を乗り出す。

「水月殿は、どうお思いなのですか?」

「・・・・・。」

(え、・・・あれ?)

無言の後、返ってきたのは何とも言えない冷たい笑顔だった。

そうしてそのまま、一礼をして水月も他の臣下の元へと去っていく。

方淵は仕事を面倒腐がる水月をちゃんと仕事に連れ戻している。そのことで水月には横の内政での横の繋がりを強化できている。

水月は理解されにくい方淵の言動を柔らかい言葉に変えてしばしば教えてくれる。それは、理解されにくい彼のいいところを周囲に知らしめることに繋がっている。

(お互いに支えあって仕事してると思うんだけどなぁ・・・どうしてあんなに仲が悪く見えるのかしら?)

夕鈴は首を傾げて、しばしば考え込んだ。

その様子を見ながら、黎翔はなんとも言えない気分に陥っていた。

いつものように、夕鈴が仲の悪い柳家の息子と氾家の息子の仲を取り持とうとしている。

交互に夕鈴と交わされる会話の内容な黎翔までは届いてこない。

(他の男と話しているくらいで・・・なんとも狭量な心だな。)

苛つく自分を抑えながら、書簡に目を戻せば、終わりともしれない終わらない仕事の山しか転がっていない。

目頭を抑え、茶をすする。

横目で夕鈴の姿を捉えようと視線を上げれば、彼女は今まさに政務室を出ていこうとしている。

衝動的に黎翔は夕鈴の後を追いかけた。


***


政務室を出て、内庭に降りた。

息を思いっきり吸い込むと若葉の匂いがする。

ぴりぴりとした雰囲気の政務室に必要なのは緑なのでかもしれない、そんなことを思いながら少しだけ伸びをする。

(陛下もお疲れみたいだし、新しいお茶でも持って行ってさしあげようかしら?)

「夕鈴。」

突然、声をかけられて、驚いた夕鈴の肩がビクリと揺れる。

振り返らずとも声の主はわかってしまう。

「へ、陛下。」

夕鈴はゆっくり振り返り、居るであろうその人の姿を見つける。

知らず知らずに頬に熱が上がっていくのを感じながら、花が朝露を浴びて綻ぶように笑みが零れた。

「お仕事は終わったんですか?」

「いや、我が花が姿を突然姿を消してしまったので追ってきた。」

つまりは自分が何も言わずに政務室を出たから追ってきた、と言われ、夕鈴の背中に冷や汗が流れる。

(あれ・・・?これって怒られるパターン?)

一歩、また一歩と近づいてくる狼陛下からのお叱りに夕鈴はすっかり身構えてしまう。

あと一歩という距離で黎翔が立ち止まる。

そっと彼の顔を窺うと、そこにいたのは鋭い眼光の狼陛下だった。

ビクリと肩を揺らした夕鈴は、怖いと思いつつもその冷酷な顔から目が離せない。

(“冷酷”・・・なんかじゃない。すごく・・・)

「夕鈴。」

「は、はい!」

「なぜ、急に政務室を出た?」

「え」

「拍水月や柳方淵と関係あるのか?」

「は?」

どうなんだ、と詰め寄られれば、狼陛下がいったい何に対して怒っているのかわからなくなってくる。

「え、と・・・政務室を出たのは・・・」

(陛下を見ていたら顔が火照って暑くて・・・なんて死んでも言えない!!!!)

しどろもどろになりながら、それとない言い訳を考える。

「ちょっと、外の空気が吸いたくなって・・・」

「二人は関係あるのか?」

「二人・・・」

ムスッとした黎翔の顔の中にわずかに幼い表情が読み取れる。

まるで子犬が寂しがって拗ねているような顔だ。

(うわ!)

夕鈴の顔が一気に朱に染まる。

扇で隠しても、赤くなった耳までは隠せない。

(ちょっと不意打ち!勘弁して!かわいい!!)

ぼこぼこと湯気でも上げそうな夕鈴の様子を、黎翔はじっと観察する。

(何その反応!!やっぱり何かあったの!?)

「夕鈴。」

「え、あ、はい・・・。」

「夕鈴の旦那様は誰?」

「え?・・・えと、陛下です。」

(偽物ですけど。)

質問の内容に目をまるくして黎翔を見上げる夕鈴に、黎翔の中で沸々と感情が湧きあがってくる。

黎翔は夕鈴を抱き上げると、そのまま颯爽と後宮へと歩を進める。

「え!?へ、陛下!?ちょ、おろして!!なんなんですか!?」

夕鈴が顔を真っ赤にしながら、抱きあげられたことに対する抗議をすると、目を細めた黎翔が意地悪そうに笑っている。

「君がいったい誰の妃なのかを、もっと知るべきだ。」

「え」

「王の花は王の手の中でのみ咲けばいい、そう思わないか私の花よ。」

「!」

どきんと一際大きく波打った胸に息ができなくなるかと思った。

夕鈴は胸を押さえながら、後宮へと運ばれていく。

そんないちゃいちゃな夫婦を止められるものなど王宮には誰一人としていなかった。



***


「休憩したいならちゃんと休憩したい!っていて下さいよ!!」

「あはは、ごめんね。」

「もう・・・」

後宮に入り人払いをさせた部屋で、夕鈴は気の抜けた顔をしている狼陛下に花茶と茶菓子を用意した。

向かいの椅子に座ると、夕鈴も一緒に花茶を楽しむ。

すっかり寛いだ印象の黎翔に、夕鈴も段々と気が抜けてきた。

「まったく、水月さんと方淵殿にヤキモチ焼いている風な脱出方法とか、性質が悪いですよ。」

「え?」

「!」

(しまった!気が抜けて口が滑った!!)

淡淡とまた慌て出す夕鈴に困ったような笑みを向けながら、黎翔は満足そうに頷いた。

「狼陛下にヤキモチ焼かせるなんて、夕鈴はとんだ悪女だね。」

「な、ちが!!」

にこにこと笑う黎翔と必死に弁明を図る夕鈴。

狼陛下が政務室を抜けるため、日々、繰り返される夫婦の暇劇なのでした。

「陛下、なにやってんですか。こんなところで。」

臣下の苦労、未だ続く。

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