狼陛下の花嫁SS

□狼陛下と日常〜膝枕〜
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白陽国。

この国には『狼陛下』と呼ばれる若き王がいる。
即位後、早々に国内の反乱を鎮圧し、荒れ果てていた中央政治を粛清。
その眼光に逆らえる者はなく、孤高の王として君臨している。

「夕鈴?」

夢か幻か、そんな若き王の頭を膝に乗せ、優雅に扇を扇いでいるのは、紛れもなく一般庶民の汀夕鈴である。

「どうかしたの?」

膝の上からこちらを伺う黎翔の頭には垂れ下がった犬の耳の幻覚が夕鈴には見えた。

「すみません。物思いに耽っていました。」

そういう夕鈴の目はどこか遠くを見ている。

「なに考えてたの?」

「あ、・・・いえ、乾隴で耳にしていた陛下の姿と現状について考えてました。」

「あはは」

乾いた笑いで返した黎翔は、そのまま夕鈴の様子を伺っている。
視線が気になってきた夕鈴は何か話題を探すが、大して面白い話が思い浮かばない。
というのも、膝の上に狼陛下の頭が乗っているのだ。内心では、いろいろな感情が押し寄せ合って今にも爆発してしまいそうだ。

(大丈夫、大丈夫。これは青慎、すごくいい子で賢い弟!弟!!)

平静を取り戻そうと先程から何度か思い込みという名の瞑想を繰り返しているが、なかなかうまくいかない。

(青慎!弟!!)

バタバタと扇を仰ぎながら、夕鈴は必死に思い込みを繰り返している。
その様子を黎翔は興味深げに見上げている。

(面白い子だなぁ・・・。)

汀夕鈴、王都乾隴で下位官位の娘。
名門出ではなく、口が固く、仕事に堅実な子女、というのが彼女が『狼陛下の偽花嫁』に採用された理由だ。

彼女の仕事は主に、1ヶ月間、黎翔の臨時花嫁として後宮で過ごすことである。
彼女には、狼陛下が実は柔らかな性格で臣下たちに本性(?)がばれないように後宮問題を解決するのが目的だと伝えたが、まさかここまで素直に信じてくれるとは意外だった。

そうして今も後宮の女官たちに夫婦仲が円満であることを見せつけるため、長椅子で膝枕、という状況だ。

威勢良く膝を貸出した彼女は、そのあと扇でゆっくりと風を送ってくれた。
それが心地よくて目を閉じていると、頭を優しく撫でられた感触がした。
そのあと扇の風が強くなったり、弱くなったりしたので目を開けてみれば頬を蒸気させた夕鈴が百面相をしていたのだ。

面白くてしばらく見ていたが、これがなかなか飽きないので黎翔はだんだん可笑しくなってきた。

ほんの一月の嘘の花嫁が、こんなにも心を軽やかな気持ちで満たしてくれるものなのかと、驚きもある。

「ちょ、陛下!?人の顔見て笑うのやめてくれませんか?」

「えぇ?笑ってないよ。」

「いいえ!笑ってます!!声だってちょっと震えて聞こえます!」

「えぇ〜〜?」

頬を蒸気させたまま一所懸命になっている夕鈴が、黎翔の冷えた心を溶かしていく。
そこで、はたと気づく。

(私の心は溶けることもできるのか・・・。)

ここ何年、腹から笑ったことはあっただろうか。

信じた臣下に裏切られることも少なくない。

裏切られるのなら信じる必要はない、互の利益が全てだと、もう何年も昔から思ってきた。

冷え切って凝り固まった心を、目の前の少女が無意識に溶かしていく。

「あ、やっぱり笑ってるじゃないですか!女の子を下から見た挙句、それを笑うとは陛下であれ容赦しませんよ!!」

「あはは、うん。ありがとう。」

「は?」

夕鈴の眉が八の字に変わる。どうやら意味がわからないらしい。

(本当、表情がコロコロ変わる。わかりやすいし、それに)

黎翔は夕鈴の髪の毛を指で遊びながら、声音を抑えて告げた。

「私の妃はどこをとっても可愛らしいものだな。」

「!!??」

蒸気した頬が一瞬で茹でダコのように真っ赤になっている。口をパクパクと金魚のように動かし、声にならない何かを出している。

(あ、また新しい顔だ。)

「そそそそそそういう冗談は本物にやってください!!」

「W冗談”を本物のお嫁さんにするの?」

「知りませんよ!」

暗に「お前は偽物だから冗談をする」と言ってみたのだが、彼女には関係なかったようだ。

(そこはハッとしてしょげて見せてくれればいいのに。面白くないなぁ・・・。)

真っ赤な顔をつんと上にあげてしまわれては、さらに面白さは半減だ。

「夕鈴。」

「・・・何ですか?」

「もう笑わないから、さっきっみたいに頭を撫でてくれない?」

「!!!!」

夕鈴の体が強ばるのがわかった。

真っ赤な顔には、今度はうっすらと冷や汗が浮かんでいる。

「き。気づいていたんですか・・・?」

「うん。気持ちよかったからもう一回して。」

「え、と・・・その、申し訳ありま」

「夕鈴。」

「〜〜〜〜っ!!」

恥をどうにか押さえ込んでいる顔がなんとも咀嚼心をくすぐる。だが、初心な彼女に手を出したら、この面白い数日が泡になって消えてしまうかもしれない。

黎翔は瞼を下ろすと、息を整えた。

「僕は少し眠るから、後で起こしてね。」

「・・・・は、はい。」

消え入りそうな声で返事をした彼女は、またゆっくりと扇で風を運び始める。

そうして、また手のひらが優しく黎翔の頭を撫ぜはじめる。

(もう、なんでもかんでもお見通しなのかしら・・・?)

夕鈴は、火照った自分の頬にも風を当てながら、黎翔の黒髪を梳く。

柔らかくて艶のある黎翔の髪の毛は、弟のそれとは全く異なる。

昔、弟に膝枕をして寝かしつけたことがあったので、今回の業務は割と楽にこなせると思ったのだが、出来心で触ってしまった髪の毛で心が波立ってしまった。

(急に意識し始めるなんて、まだまだ修行不足なのかしら?)

黎翔は狼陛下。黎翔は国王陛下。黎翔は王族。黎翔は絶対に手の届かない仕事場の人。

そうわかりきっているから平気だと思ったが、頭を触った途端、急に「男の人」だと思ってしまった。

(まぁ、これだけ美形だもの。ある種仕方のないことよね。)

幸い、誤魔化そうとしたことも撫ぜたことも怒
られはしなかった。

陛下はきっとお疲れなのね、と自分に結論を付けて夕鈴はまた遠くを見始める。

(あぁ。でもなんでかしら?まだ胸がどきどきする。あぁー、やっぱり修行不足なのかしら。)

そうして、夕鈴は李順が呼びに来るまで黎翔の頭を撫ぜ続けた。

黎翔の耳に「これは弟・・・これは青慎・・・。」と夕鈴の瞑想がだだ漏れになり、彼が密かに震えていたのは言うまでもない。

まだ執着とも恋とも言えない出会ったばかりの二人の後宮でのとある日常であった。




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