トライシクル

□後味悪い歯痒さの理由
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仁が異常に気づいたのは、隣の秀也が警戒心をむき出しにしたくぐもった声を漏らした時だった。


「…胸騒ぎが……蘇って…」


かすれ気味の秋風のような小声に仁は思わず秀也の顔を振り返る。精一杯声を振り絞った喉元がゆっくりと動き、生唾を飲み込む音がはっきりと聞き取れたような気すらするような、ピリピリとした緊張感を装っていた。

険しい表情を崩そうとはしない秀也の変わりように仁は「どうした?」と小声で耳打ちした。が、秀也はただ唇を噛み締め頑なに無言を突き通したまま、折れる様子などない。不審に思った仁は一点に向けられたままビクリとも動かない視線をゆっくりとたどり、見つけてしまった。



向かいに座りうつむき加減で居眠りをする、無精髭の目立つ男。大きなグラサンをつけ、ヤクザの着るようなハデな柄のシャツを身につけているせいか一見怪しい人物に見える。だが、こういう典型の集大成のようなヤツはどこにいてもおかしくないようなハズ。どうしてこんなヤツなんかにやたら警戒しているのか不思議に思えてくるくらい、秀也の様子もまた異常なほど緊迫していた。



再び秀也へと視線を戻し、さりげなく耳打ちをして尋ねる。が、やはり彼は答える気がないようで、ただひたすら沈黙を保つだけの一点張りだった。頑固だと自覚できる自分でも頭を傾げてしまうほどの意地の張りようにやっと状況を理解し始めた仁は、張り詰めた空気からなんとか抜け出そうと秀也にもう一度耳打ちする。


「とりあえず、次で降りよう」



今度は反応があった。と言っても、その睨みつけるかのような鋭い瞳は向かいの男へと向けられたまま、ただ小さく首を縦に振っただけだが。未だ顔の筋肉は張り詰め、目元の彫りが深いせいで余計にガンを飛ばしているようにしか見えない目は、やがてゆっくりと自分の足元へと視線を這わせてゆく。



トンネルを抜け切ったあとの空はやはり澄み渡った紺碧に染まっていて、柔和な表情の白い雲がキャンバスの中で笑っていた。世界最大の絵画の下で軒を連ねる街並みが徐々に近づいてくる。それを映し出す向かいの窓ガラス1枚をさえぎる男の広い肩が揺れるはずみで下へと傾いた。
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