トライシクル

□その男、ムソタさん
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「出たカードは女教皇の逆位置ね。この答えから導き出せることは、あなたは今予測出来ない事態に遭遇したりしたせいで将来が不安になり、悲観的になっている……と言ったところかしら?近頃そんなことあったでしょう?」

「……どうなんだ、秀也?」


仁の真剣極まりないその視線が偉く痛々しく感じる。それは恐らく、彼の期待に沿えるような答えを口にすることが不可能に近いからである。
正直に言って、秀也には思い当たるフシなどサラサラなかった。まして占い師の曖昧で保険をかけたような言い方など、ほとんどの人間に該当するようなことばかりだったためにこれだと確信できる事態の記憶がない限り、首を縦に振る必要はないと考えたからだった。

「……いや……残念ながら思い当たることは何もない」

「あらそう……それはそれで良かったわね。ただ、これから起きるという可能性も考えられないワケではないでしょ?」


そしてお決まりのこの台詞。そこまで言ってしまったら、占い師なんて職業はとっくに廃止してしまっている。そんな未来に大縄を投げたような発言など、素人にだって出来るのに。
その瞬間、秀也の占い師に対するミジンコの心臓よりも小さな興味は完全に失せてしまった。

そう言えばあいつら、まだ並んでる頃だろうか。先におみくじ引き終わってたら最悪だな。
秀也がクラスメイト達のことを物憂げに考えてるうちに、いつの間にか隣の仁もカードをその手に持って怪訝そうな顔で占い師の話を聞いていた。きっとどうでもいいようなことを吹き込まれているんだろう。
携帯のディスプレイをふと見てみるとすでに昼頃を回っている。そろそろ腹が減る時間帯だ。心の底から早く焼き肉が食べたくて仕方ない――だから周りの言葉なんてものも当然耳に入らないワケで。

ぼんやりと占い師の老け顔をもう一度見てみると、彼女は奇妙な顔で秀也を見つめているではないか。それはもう顔に何か付いているのかというぐらいの勢いで。目が合った秀也は思わずピクリと肩を震わせ我に返った。
そして彼女はおもむろに口を開く。


「あなた、これから先本当に良くないことが起きるわ。ちょっとおまじないしてあげる」

「は、はあ……」


そんな心外なことまで言われて引き止められるなんて失礼にも程がある。心ないため息が自然に出てしまうくらいに。
秀也の心中を知ってか知らずか占い師はテーブルの下にあるダンボールの中から白い紙を取り出した。

……小さな赤い鳥居の絵。それ以外は普通の白いA4サイズのコピー用紙と何ら変わりない1枚がテーブルの上にある。


「ここにあなたの人差し指を置いて」


言われるがまま占い師の指差す鳥居の絵の上に人差し指を乗せる。何だか少しずつではあるが嫌な予感がしてきたのは気のせいではないだろう。


「……御……様よ……彼……守り……たまえ……」


占い師はぶつぶつと何か呪文のようなものをしきりに唱え、自身の指で何回も十字を切ってゆく。ワケのわからない儀式に付き合わされ呆れた秀也がその人差し指を離そうとすると、恐ろしい形相で占い師は「まだ離さないで!!」と凄んできた。あまりの勢いに圧倒された秀也はおどおどと言うとおりに指を元の位置に戻す。
そしてその直後、秀也の左肩にボウリングボールが吊り下げられた如くの軋むような重みが、ずしりとのしかかって来たのだ。


「っ……!!」

「はい、おしまい。これでしばらくはあなたのことを守護霊が守ってくれるわ」

「お……おお、よかったな、秀也?」


良くもあるもんか、と言い返してやりたかったが、それは出来なかった。
この謎の儀式が終わった瞬間、左肩にありえないくらいの重みがのしかかり、そして背後から身の毛もよだつ程の殺気と視線を感じるのだ。あまりの衝撃に一瞬気が遠のきそうになったぐらいだ。それはもう言葉に出来ないレベルの驚愕的事態であり、こんな体験などしたことない秀也にとって硬直する他ない状況だからである。
左肩には何もない、そのハズなのに……。

占い師のテントを出てからもその重みは消えることがなかった。閉塞感から解放され少し生暖かい小春の風に身を包まれても、何の変化もない。
やけに左肩を自分で揉む秀也を、伸びをする仁は何気なく振り返った。


「結局占いも微妙だったし、"霊占"って守護霊呼んじゃうだけだったんだなあ……なあ秀――うわっ……」

「……?何だよ?」


そんな仁はいきなり秀也の顔を見るなり引きつった表情になる。どいつもこいつも失礼な奴だなと秀也が疑問符を顔に口に出すと、仁はそそくさと社の表側に向かって駆け出した。


「何でもねえよ!ただ一瞬お前の顔にどす黒いモヤがかかってたように見えたけど気のせいだったし……じゃあな、達者でやれよ!」

「何だよ、それ……」


それだけ言うと仁はさっさと仲間のいる元に走って行ってしまった。
黒いモヤの幻覚とは、まさかさっきの占い師が呼んだなどと言っている守護霊のことだろうか。
仁のだいぶ引き気味な感じの何とも言えないあの顔――そういったものを見せられる本人としてはどうも気分は良くないものだ。秀也はいつものように少しの皮肉を胸にしまい込んで踵を返す。
このありえないくらいの重い肩を抱えたまま友達のところへ戻らなければならないのか。
何だか少し憂鬱だった。

それにしても守護霊って普通生きてる人間を守るために存在するもんだよな?秀也の胸中は早くも例えようのない不安に取り憑かれてどうも落ち着かない。
この迷惑で仕方ない左肩の重みと背後のただならぬ気配、そして先程の仁の見た幻といい……まるっきり良い予感がしないばかりか、この先自分に不幸が起きてしまうのではないか、そんな気分にさえなってくる。
やはりあのようなワケのわからないインチキ占い師に占ってもらわない方が良かったのだろうか。

クラスメイトのいる場所へ戻る前に、占い師のテントの入り口近くに置いてある簡素なおみくじを何となく引いてみた。
――大凶。その文字が目に入った刹那、嫌な予感が全身を駆け巡る。
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