トライシクル

□その男、ムソタさん
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社の袖から伸びる小道のずっと奥にあったもの。騒がしい表側より遠ざけられて完璧に隔離されている静寂の潜む場所。無作為に敷き詰められた白い砂利の上の狭いスペースに、問題のそれはあった。
まるで人の目をはばかるかのようにして遠慮がちにたたずむ、簡易式の小さなテント。大きな社の裏側にひっそりと隠された秘密か何かみたいに息を潜めている。心なしか少し影りがあるようにも見えるのは、そのいかにもな胡散臭さが原因だろう。こじんまりとしたくすんだ柿色の三角形のテントのすぐ側に、『占いやります』と筆書きされた灯籠が置かれていた。不覚にも昭和時代の居酒屋の看板か何かを連想してしまったのは、気のせいか。


「あった、ここだよここ。つうか、神社にあんだけたくさんの人混みができてんのに、ここには誰ひとりいねえのかよ。なんかおかしくねえか?」

「せっかく1年の幸せを願いにおみくじやらお参りに来てんのに、いかにも怪しい場所に入って縁起でもない目に遭いたい奴はそういないと思うけどな」


仁の言う通り、周囲には誰ひとりと見つからない不思議。その理由として秀也の言うことにも一理あるが、それでも表側の人の多さとのギャップの激しさに脱帽ものだと言える。新年を祝う明るい雰囲気をまとった騒がしい社の裏側が、こんなにも静かで普段の神社の様子と何ら変わりないとは。
それだけこの占いが、眉唾物の狐の悪戯か何かと一般人に認識されているのも事実。当たるも八卦、当たらぬも八卦とはよく言うが、その占いの常識ですらも軽く吹っ飛ばしてしまうほど、それは信じがたいオカルティックなものとしてそこにある。
仁と秀也は意を決し、冬風に少しだけなびくテントの扉であるポリエステルの布をそっとたくし上げて中に入り込んだ。

外気をうまく隔てることができているのか、中の空気は少し暖かく感じる。そう広くはないスペースの奥で、小さなアンティークテーブルの向こうにいる噂の主犯格が客人の到来ににやりとほくそ笑んだ。


「いらっしゃい」


パステルグリーンのサテンでできた薄いジャケットを羽織った女は、青みがかったサングラスの奥にある小さな瞳をしぼませる。ふたりの来客を手招きして目の前のイスに座らせた。
それにしても狭い。奥行きのないテントの中にテーブルとイスまで配置されてしまうと、男ふたり分の支配する領地もわかったものではない。隣り合って座るふたりはお互いに肩がぶつかりそうだ。おまけにイスに体重をかけた瞬間、古い桐の木の軋む音が聞こえた。それが無音の空間にやけに不気味に響いたのは気のせいだろう。テントの天井からぶら下げられた裸電球が頭のてっぺんに当たりそうで少し熱い。床は敷かれた砂利のまま。何て簡素な場所なんだ。

電球の光のおかげで、テント内はいくらか明るかった。しかし、色も色で小玉電球のような暗く黄色い明るみを放っているため、どこか怪しい雰囲気はそぐえぬままだ。向かい合ってその灯りに照らされている女の顔は、口唇を横に広げる度に頬に少しだけシワがよっていた。恐らく、中年から更年期にかけての年齢層であることが容易に予測できる。その少しふくよかな体型、シミの目立つ白い肌に白髪の混じった黒髪が何よりの証拠だ。
その人は仁と秀也の顔を交互に見つめたあと、どぎつい赤で彩られた唇をゆっくり開いた。


「で、占ってもらいに来たんでしょ?」

「ああ、そうなん──」

「言わなくてもわかるわあ。あなた達、迷ってるわよね?」


占い師の女性は次の言葉を待つことなく一方的な一手を繰り出し、仁の口をふさいだ。そうしてせかせかと自分の足元から何かを取り出し、テンポよくテーブルに載せてゆく。


「あっ、それって──」

「まあ見ての通り、タロット占いよ。22枚使用する大アルカナのデッキでやるわ。基本中の基本よね」

「……はあ、まあ」


それは一度は目にしたことがあるだろう、縦長の少し大きなカードだった。
神秘的なルーンのような模様が刻み込まれたそれは、占い業界でも広く使われるマストアイテムのひとつ。引いたカードの絵柄や持つ意味合いによって運勢を占う、至ってシンプルなもの。それは俗にタロット占いと呼ばれている。

並べられたタロットを手際良くシャッフルしてゆく占い師は一瞬仁の方に視線を移し、突然ニヤリと笑いかける。そのいかにも怪しげな笑みに、思わずふたりは少したじろいだ。何故この占い師というのは、こんなにも疑わしい行為をやってのけるのだろうか。昔々とある国で、人心を惑わせているという咎を着せられ魔女狩りの裁判にかけられたという歴史があってもおかしくなかったのではないか。


「ワン・オラクルであなた達を占うわよ。さあ、心を落ち着けて、一枚引いてちょうだい」


小さな光球の放つ光にちらちらと照らし出されている、目の前のテーブルの上にところ狭しと並べられた22枚の紫色のカード。それらを占い師はせっせとまたかき集め、ひとまとめにしてから再びシャッフルし今度は3枚だけをテーブルの上に置いてゆく。
それだけの簡単な作業を終えた占い師はサングラスの奥に潜む小さな瞳で合図した。この中から1枚選べと。


「……おい秀也、お前からまず先にやってもらえよ」

「あ、ああ……わかった」


ごくりと生唾を飲み込む音をひとつさせ、仁は恐る恐る真ん中のカードをそっと引いてみる。
するとどうだ、出てきた絵柄は高貴な女性がモチーフの……逆さ向きのものだった。それが何を意味するのかはふたりとも知るはずもなく、ただ占い師の言葉を待つのみだった。
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