トライシクル
□エゴイズム@スマイル
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頭の先っぽから湯気を立ち上らせ、秀也はバスタオルで頭をふきながらリビングへと向かった。すでに重低音のよく響く音楽は鳴り止み、代わりに昼のニュース番組のナレーションが聞こえてくる。
「速報です。今朝7時頃、若塚市にある陽那岐湖で落雷があり、観光に来ていた女性ひとりが死亡しました」
仁の腰かけるソファの向かいに座り、テーブルに置いてある麦茶のコップに手を伸ばす。ちゃぷちゃぷ揺れる茶色い液体越しに、現場と思われる湖が大きな液晶テレビに映し出された。
そのニュースを食い入るようにして見ていた仁は、前屈みになって頬杖をつきながらポツリとつぶやく。
「服買いに行かなきゃなー…」
そういえばふたりは昨日の制服を着たままだった。うながされるがままついてきた結果、着替えなどは持って来れるハズもなく。幸いにも仁が近くのショップまで突っ走ってきたおかげで下着などの替えは準備できたものの。
やはり、制服のままいるのもなんなので、仁は後ろのポケットに手を突っ込み、有名ブランドの長財布を取り出した。思えばこいつは昨日も後ろのポケットから半分だけ見える茶色い革を見せびらかしながら歩いてたな。秀也がテレビ画面からそちらへさりげなく視線を移すと、仁は一生懸命札を数えていた。
「ひい…ふう…みい…よー…ふーん、8枚とちょいか」
「いつも8千円くらい持ち歩いてんのか?パクられたりしたら、どうするんだよ」
「ちっちっち」
仁がにやりとほくそ笑み、得意気な顔で人差し指を振る。少々ほころんだ長財布から出てきたのは、8枚の札。描かれているのは、福沢諭吉の老け顔だ。
「はっ…?お前、毎日こんなモン持ち歩いてどうすんだよ、すぐに底をつくだろ!」
「そこがお前とオレの違うところさ」
予想していた値段の食い違いに困惑する秀也の顔を、まるで試すかのように面白く見つめる仁。どうだ、感服したかと札の扇子であおいでみせる。
「オレがいい店教えてやるって」
札全てを財布にしまった仁は、思い立つようにして玄関へと向かう。靴を履いている途中で「あ、テレビ消してくれ」と肩越しに声を上げる。
言われるがまま秀也はテーブルに置いてあるテレビのリモコンを拾い上げ、画面に向けて電源ボタンを押そうとした、だが一瞬だけその指がとどまる。
「続いて今日のお天気です。残暑も厳しい暑さが続きますが、夏特有の時雨にお気をつけ下さい。ではまず気象情報から──」
続きを聞く間もなく、画面は真っ黒になって音声もプツリと途切れた。リモコンをテーブルの上に置いた秀也は急ぎ足で玄関へと向かう。
「お前、そんなに金持ってきてないだろ?オレがおごってやるよ」
「いいのかよ」
「いいんだよ」
仁は玄関のドアを開けっ放しにして靴を履く秀也に笑いかける。なんともいえない不思議な空気に、秀也もおもわず無邪気に微笑んだ。
カードキーをその右手に握り締めた仁は誰もいなくなった寂しいリビングをしばし見つめる。そしてゆっくりとドアを閉めた瞬間、ガチャリという音がして自動的に鍵がかかった。
「んじゃ、駅にいくとしますか」
壁の代わりに外と内とを窓ガラスで区切った広いロビーからは、まぶしいほどの真っ青な空と大きく伸びる入道雲が見えた。昨日の雨がウソのような快晴で、少し暑いくらいの日差しが降り注いでいた。