トライシクル
□エゴイズム@スマイル
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正午を回った柴谷の中心にあるファーストフード店は予想通りたくさんの人で席が埋まっていた。外回りの合間に来ているだろう会社員もいれば、子連れの若奥さんもいる。
猛暑日だということも相まってこういった涼しい店は決まって仁達のような人間の溜まり場になるものである。今日は楽しげに話す他の高校のカップルが店の隅っこで楽しそうに談話しているのを見かけた。
「よっしゃ、龍樹さんあざっす!」
「ごちになりあーす」
「柴谷の鉄壁サイドバッグさんあーす」
「おめえら部活やってる奴の身にもなれや……バイトする暇ねえのになけなしの金使わせやがって……」
大きなため息をつきながらしょぼくれる龍樹を尻目に、3人は遠慮なく目の前のハンバーガーにありつく。何を言われようが人からおごられた飯というのはうまい。
「あ、ちょ仁。これで電話かけてみろよ」
「ああ?電話?」
ひと際大きなハンバーガーを頬張る浩太はだぶついたスラックスのポケットから携帯を取り出し、数回ボタンを打ってそのまま仁に渡してくる。
ディスプレイには電話発信画面と浩太が打ち込んだであろう11桁の数字『09044444444』が表示されている。
率直に言おう。人間が忌み番とする数字だらけな電話番号を見たら普通は疑ってかかるだけだ。
「何コレマジで電話かかんのか?」
「ああ、いいからかけてみ」
仁が怪訝そうな顔で携帯を受け取ると手渡した本人も他のふたりも少し吹き出して笑った。完全に馬鹿にされてるのは何だか釈に触るがとりあえず発信ボタンを押して携帯を左耳に当てる。
これで誰かが出たらお笑いものだ。
「……おっ出たか、って……何だよ……何か変な音聞こえらあ」
「えっ……マジで!?」
変な音というのは何か形容し難いような低い音が長々しく聞こえてくるということなのだが、通話中にも関わらず電話口の向こうにいるであろう相手の声は一切聞こえてこない。その番号も番号なだけあって余計に薄気味悪いだけ。一体何なんだろう、すごく不気味だ。
電話をかける仁の様子を興味津々とうかがっていた浩太は、見る間に重々しい雰囲気をまといながら口を開く。
「仁、お前……それは"死の電話番号"つってな……それかけてその音を聞いた奴は呪われて1週間後に死んじまうんだってよ……」
「えっ……ちょっ、おい……」
ちょっと待って下さいと静止をかけて一旦頭を整理したいところだ。
呪いの番号だって?そんな番号実在したのか?1週間後に死ぬってことを知っててこいつらは自分をはめたのか?
仁はしばらくの間唖然と硬直するしかなかった。
が、その仁の動揺具合を見ていた3人は徐々にその重苦しい顔と口元が徐々に緩み始める。そして何を思ったかせきを切ったように大口を開けて爆笑しだした。
「ぷっ……く、く、あ〜っはっは!!マジうけるお前!」
「え?え?」
「ぶふっ……ばあか!嘘だっつの!本気で信じやがって!それ別に呪われた番号じゃねえし!」
「え?え?」
「――おい仁もういいだろ、携帯返せよ」
「え?え?」
「仁……?」
盛大なネタばらしも終わったというのに未だに携帯を耳から離さない仁の様子に興醒めした3人は、不審そうにその顔を見つめる。
呪いの番号など存在しないと言ったハズなのにどうしてスピーカーから耳を離さないのだ。どうして電源ボタンを押し『何でもない』と渡してこないのだ。
3人の期待は実ることなくしおれてゆく。
「……おい、仁」
実は仁の耳元に当てられた携帯のスピーカーからは先程の雑音に混じり、何かの声が混じっているかのように聞こえていたのだ。それはやがてどんどん大きくなり声質もはっきりとしてくる。その度に心臓の律動が早くなり、恐怖にも似た何かが徐々に神経を支配して携帯を手放したくても手放せない。
『……ザザ……めて…………ザ……』
やばい、やばい、やばい。仁の直感にも似た何かが危険を知らせ脳内を駆け巡る。それはつまり張り詰めた恐怖に混じった儚い願い――聞きたくないという拒絶。
しかしそれは叶わない。
『ザ……やめて……ザザ…………やめて……ザ……』
「なっ……」
「おいおい、冗談よせよ」
「気味わりいからやめろ、仁……」
そんなこと言われたって聞こえてしまったんだから仕方ない。
何だ今のは。正直言って悪寒しかしない。スピーカーの向こうから時折ノイズの入った女のか細い声――ぶるっと鳥肌を立てた仁は反射的に携帯をそのまま浩太へと返した。
「……それ、ホントはただの携帯会社同士の通信番号だから誰も出るハズねえんだぞ……」
「……嘘だろ?だって確かに聞こえたんだぞ、女の声で『やめて』って……」
「ただの空耳だろ……」
半信半疑なままの浩太は眉唾ものの仁の証言を疑い受け取った携帯を自分の耳に当てる。
この4の連番で構成された電話番号はあくまで通信用の番号であってうるさい雑音が聞こえるだけだし、呪われた番号とか言われるのはただのデマなハズなのだ。その雑音を聞いたら1週間後に死ぬなんて話ももちろん都市伝説に過ぎない――現実的に考えて呪われるハズがないのだ。絶対ありえない。
浩太がスピーカーを耳に当ててから1秒、2秒、3秒……15秒以上経ったが、聞こえてくるのはやはりボオーという耳障りな音だけ。女の声なんぞこれっぽっちも聞こえなかった。
「――……やっぱ何も聞こえねえし。お前の聞き間違いだったんだよバカタレ」
「いやマジだっつの!」
ビビらせんじゃねーよ、と仁を小突く浩太。勇吾も龍樹もやれやれといった表情で大きなため息をついた。
「マジだってば……」
仁は力なく笑った。
あの不安をかき立てるような女の途切れ途切れの言葉は未だ脳裏に焼きついて離れないというのに。
ならばその番号は、実は本当に呪われていて――
ガタンッ!!
「!!」
恐るべきタイミングを突いて店内に大きな音が響き渡る。敏感になっていた4人は思わず一斉に音源を振り向いた。
ポルターガイスト。その言葉が不意に仁の頭の中をよぎる。