トライシクル

□そうしてできたのさ
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「ああ、事件の方は気にしなくても大丈夫。入り口の方から見るとちょうどここが死角に当たるから、殺人犯もこっちまで来ないよ」

「……そんなこと言われたって……」

「静かにしてればここに誰かがいるなんて気づかないから。そのうち警察の応援も来るし殺人犯が立てこもらない限り大丈夫でしょ」


非常事態だというのに何ら恐怖すら抱く様子もない蒼。
彼女は、死神。
人に死を下す死神。あの黒ずくめの男と同じく。

だからそんなヒトゴトを見る目をしているのだろうか。平気でいるのだろうか。死神というものは。

それにしても彼女の先程の爆弾発言においては耳を疑いそうになった。と同時に、去年来人の死ぬ現場に現れてはいつのまにか消えていた理由も、なんだか理解出来そうな気がする。

一方秀也はというとその発言に対しては至極冷静に捉えているようだった。
ここでやっとポーカーフェイスの本性を取り戻したのだろうか、さっきまで少しくらいは驚いていたクセに。全く頭の良い奴の考えることはわからない。

まあとにかく、わざわざ死神の詳細を聞くために来たのだ。ここは蒼の推測を信じて声を潜めつつ話を進めるしかない。


「なあ……オレは本当に明後日死なないんだよな?お前が実は死神だって言うから……何だかイマイチ信じきれないんだけど……」

「ああ、それなら大丈夫。あんたは明後日の死亡予定から外されたから」

「死亡予定?」

「うん。死神は死亡予定者リストを纏めた一冊の手帳を持ってるんだけど、それに載ってる人間の中から誰かをターゲットに選んで死を下すの。その手帳に載ってる人間はいずれどこかの死神にターゲットとして選定される。で、一度誰かに選ばれたターゲットを他の誰かが選ぶことは、基本的に出来ない仕組みになってんの」


ほら、と言って蒼はバッグから一冊の黒革手帳を取り出しページをパラパラとめくって見せた。
それはまるで履歴書を寄せ集めたファイルのよう。その手帳には様々な人間の生い立ちや性格に至るまでのプロフィールがひとりにつき1ページずつぎっしり書き込まれていた。しかも小さなカラー写真つきで。

たくさんのページを流し見る中で気づいたのは、その死亡予定者と呼ばれる人達は老若男女問わず、特徴や性質などでさえもが多岐に渡る上、全く共通点が見られないということだった。
どういう目的で死亡予定者たるものをリストアップしたのかは全くもって理解出来ない。

そういえばあの黒ずくめの男もその手帳を持っていたハズ。あの男はこの手帳から自分をターゲットとして選んだということになるワケで。


「……けれど今回みたいな件の時は予定を書き換えることになるんだよ。ね、山崎仁?」

「な……これって……」


ニヤリと笑った蒼が手帳をめくり続ける指を止めた。そのページには何と"山崎仁"と書かれた名前と、今ここにいる自分と寸分違わぬ顔写真が載っていた。

『柴谷区にある公立平田高校の学生。不良であるが仲間がいないと途端に尻込みする』

"特徴"と書かれた欄ではご丁寧にも自分の簡単な紹介がされていたが、その文章のストレートさにはちょっと頭に来る。もうちょっとマシな書き方を――そう思うやいなや、何と見る見るうちにそのページの字が薄れてゆくではないか。
やがて完全にフェードアウトし白紙と化したページ。正直言って何だこれは。魔法か何かか?


「ちょっ……オレのページ消えちまったぞ」

「だから言ったじゃん、予定を書き換えることになるって」

「あっ、今度は何かが浮き出て来たぞ……」


ほどなくして白紙だったページに、再び文字の羅列が浮かび上がってくる。やがて薄映えだった文字が完全に見える状態になると、少し遅れて見知らぬ誰かの顔写真も現れた。
どうやら新たな死亡予定者が加わったらしい。自分の代わりにそいつのプロフィールでそのページが埋められた。

その様を顔を崩さずじっと見つめていた秀也でさえも、圧巻のひと言を発する。


「すごいな……ところで、さっきあんたは"どこかの死神"って言ってたけど、あんたやあの黒ずくめの奴以外にも死神はいるのか?……そしてあんたや奴が言ってた上司だの、仕事だのって……」

「そう、それはオレも気になる。どういうことなんだよ?」

「……じゃあ、簡単に説明しよっか」


蒼は短くなったタバコの火を灰皿の中でもみ消し、ひとつ咳払いをして語り始める。


「死神は人に死を下す――そこまではあんた達人間がイメージするモノと合ってる。けれど実態はもっと複雑であって、例えばそれはあんた達の社会によく似ているのかもしれない」

「似ている……?」

「うん。死神の数はたくさんいるんだけど、たくさんいるだけに組織化されてて、秩序の下で死を下すという"仕事"をしているんだ。もちろん、組織だから上下関係もあるしそれによって権限や力量も左右される。上の命令には普通逆らえないし、かといって反逆を起こせばルールの名の下に罰せられる。……ね、あんた達人間の社会によく似てるでしょ?」

「へえ〜すげえな……」

「死神ってのは意外と複雑なんだな……」

「ちなみに、さっき黒ずくめの男を消したようにも思えるだろうけど、厳密に言えばアレは特別撤退令を下しただけ。だから奴も消えたし死神の手帳からあんたのページも消えた。あたしの立場は奴よりも上に当たるからそれくらいワケないんだけどね」


何だろう。単純な作りをした自分の頭じゃ"すごい"という感想しか浮かばない。

死を下すという仕事をする死神。組織化されたたくさんの死神。ルールを守って行動する死神。
何だかこそばゆい。ちょっと滑稽に感じる。
元来人々から恐れられ、遠ざけられてきたという死神――その歴史は西暦の桁数が少ないんじゃないってくらいの昔まで遡り、いつ見てもおぞましい姿で人のイメージの中を渡り歩いていたらしいが、じゃあ今自分の目の前にいるのは何なんだ?という話だ。

死神?いや、ただのギャルだろう。何も知らずに傍目から見た場合に限り。


「……そういえば俺は街中で突然、その場じゃ聞こえるハズのない鈴の音が確かに聞こえて、それで音源を追ってたらあんたがいたんだ。あの鈴の音はあんたの仕業か何かか?」

「鈴?」


秀也の問いかけに蒼が不思議そうな顔で聞き返しバッグの中を漁る。そうして中からつまみ出してきたのは、銀色の光を放つ小指の先ほどの大きさをした釣り鐘型の鈴だった。
恐らく純銀で作られているだろう釣り鐘の部分は、アラベスクにも似た透かし彫りをしていて一瞬アクセサリーにも見間違えるほどだ。
繋がれた小さな鎖を蒼が指先でつまんで揺らすと、何とも言えない不思議な音が響く。


――チリーン……チリーン……――


その音は確かに鈴のモノのそれなのだが、妙に透き通り過ぎて逆に不安になる。
綺麗すぎるためにあまり耳障りはよくないと言った表現がお似合いだろう。
その音を聞いた秀也は確信の眼差しで不思議な鈴を見つめていた。


「鈴ってこれのこと?」

「ああ……確かにこれだ、この音が聞こえたんだ」

「この鈴は、死亡予定にある人間に死神の存在を知らしめるためのモノ。だからこの鈴の音は、死亡予定者の耳にしか届かないの。例えどんなに霊感が強い人間でも聞くことは出来ない」

「え、オレは黒ずくめの男が来た時、鈴の音なんて1回も聞いてないぞ」

「この鈴はある程度上の立場にある死神にしか配られないみたいだよ。理由は知らないけど」

「理由は知らないって……」

「あんた達人間の社会にもよくあるでしょ?いつの間にか定着してるけどその因果がよくわからない物事ってさ」


それを言われると何だか納得してしまうのは何故だろう。例は思い浮かばないけど、言われてみれば確かにそんなものだらけなのかもしれない、意外と。この世の中ってのは。
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