トライシクル

□そうしてできたのさ
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蒼に案内されたのはどこにでもあるような全国チェーンのファミレスだった。
ここはよく学校帰りの柴谷の学生達が利用するポピュラーな喫茶代わりの場所なのだが、いかんせん今は夜の9時過ぎなために学生服の姿はあまり見られない。補導が怖い学生はたいていこの時間になると帰り始めるために、残るのは比較的自分のような制裁を気にしない自由人なんかに限られる。
今店の中にいる客数も、平日の夜だからか普段より少なく空席はまばらだった。


「おかーさん、あのおねーさんおにーさんのカノジョっていうんでしょ〜?」

「こらっ何言ってるのよ一体……」


入り口の側にあるテーブル席にいる子連れの親からは二度見されるし、仕事帰りのリーマン風の中年親父からは変な目を向けられる。
全くたかだか夜の9時過ぎくらいで学生に対する思いは厳しいものである。

蒼は店の中の奥ばった場所にある人目のつかないテーブルに向かうと、椅子に座るなり持っていた小さなバッグからタバコを取り出し吸い始める。


「あっ、セタメンじゃん。オレにも1本くれよ」

「制服着たままで何言ってんの。ここで堂々と吸って捕まってもいいんなら何本でもあげるよ」

「なあ、そんなことよりさっさと説明してくれよ……さっきのこと」

「……そういやそうだったな。なあ蒼……あんたは一体何者なんだ?死神って……何なんだ?」

「ふ……」


蒼は紫煙をくゆらし静かに笑った。先ほどから思うのだがどうにもその不敵な笑みが何だか不気味に感じてしまうのは気のせいだろうか。パッと見は綺麗な顔立ちをしているのに。


「死神ってのは要するにあんた達のご想像通りの存在だよ。人間に死を下しそれを存在意義とする。ある日突然誰かの前に姿を現し、その人を死に至らしめる奴ら――まああんた達からすれば、恐怖でしかないワケだよね」

「ああ、それはオレも死神にとり憑かれてたから知ってる。あいつはある日突然俺の目の前に現れて……変な質問をしたんだ。そしたら、『お前は6日後に死ぬ』って言われて……なんかこええことされてさ……マジやべえって思ったねアレは」

「そうだね……死神の起こす現象は、"相手に死を下す"という特定の条件下にあれば、万物さえも思うがままなんだよ。だから突然あんたの目の前に現れたり、ありえない現象を起こしたりした。でも死神はごく一部の第六感が鋭い――いわゆる霊感の強い人間にしか見えないから、たいていは誰も見ることが出来ないし、認知することも出来ない」

「けど、オレは確かに死神を見たじゃん」

「それはあんたが死神に死を下されるターゲットになったからだよ。彼らは死を下す人間に意図的に姿を見せているの。だから、死神は近々死ぬ予定にある人間にしか見えないってこと……普通であればね」

「……とすれば、あんたや俺は霊感のある人間だから見えるってことになるのか?じゃあ――」

「こらっ、そこの3人組……彼女はともかく、君達はまだ学生だろう?もう遅いし帰りなさい」


こいつはまた面倒な展開になったものだ。
秀也の話を遮り3人の輪に割って入ってきたのは、ちょうど巡回に来ていたであろう若い警官だった。そりゃあこんな時間になっても制服姿で明るみをうろつけば警察も黙ってはいないだろうに。秀也はバツの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。

一方蒼は何の動揺も見せることなく仁王立ちする警官をじっと見上げている。そして小さくほくそ笑んだ。


「なっ、何を笑ってるんだ?」

「きゃあああっ!!人殺しぃ!!」


その警官の叱咤は始まることなく、新たな仕事を引き合いにして彼を窮地に誘った。甲高い女性の声が一瞬店内に響き渡ったかと思うと、入り口の方が瞬く間にざわめき出す。
何があったのだろうか。まあ危険なことには変わりはないだろう。目の前で自分達を窘めようとした若い警官が血相を変えて入り口の方へと駆けて行ったのだから。


「な、何だよ……事件か?」

「人殺しって聞こえたな……」


秀也も自分も悲鳴のした方向を見つめる。こんな時に身近で人殺しだとは物騒極まりない。その犯人が近くにいると考えると――何だか一瞬鳥肌が立ったような感覚がある。
周りにちらほらといた他の客も不安な表情を浮かべながらその場に固まっていた。


「なっ、やめなさい!包丁を捨て――ぐっ!!」

「きゃああっ!!」


間髪入れずに入り口の方がまたどよめいた。今のは確かにさっきの警官の声だ。まさか刺されたか?
店の最奥にあるこの席からだとどうしても壁が邪魔になり様子が見えない。


「申し遅れたけど」


だがその突拍子な声に思わず秀也と自分は振り向いてしまう。緊張の糸が張り詰め店にいる誰もが敏感になっているというのに、蒼はすでに2本目のタバコに火をつけ平然と吸っていた。
こんな時分なのにまるで他人事のように言ってのけるその肝の座り具合に、ある意味恐怖すら感じる気がする。

蒼はニヤリと笑った。
やめてくれ。その笑いは人間の本能の中に眠る不安を呼び起こすかのようで不快なんだ。


「あたしは死神。人に死を下すことを仕事にしてる」
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