トライシクル

□そうしてできたのさ
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蒼が放った言葉を皮切りに、ふたたび沈黙が訪れ緊迫感が辺りに漂い始める。睨み合うふたりに挟まれ状況もうまく理解出来ないというのは、気まずいことこの上ない。なんとか秀也とローテーション出来ないものなのか。

が、しばらく黙ったままだった蒼はふと自分の方に視線を移し、不敵な笑みを浮かべて口を開く。その顔はまるでB級映画の冷酷な悪役のようだ。


「……へえ〜、あんた……明後日死んじゃうんだ」

「えっ!?どうしてそれを……!?」

「だって、あんたにその黒ずくめ――死神がとり憑いてるんだもの」


何と蒼はこの黒ずくめの男の正体を知っている上に、自分が明後日死んでしまうことをピタリと言い当てたのである。人が死ぬ地にフラリと現れ、そして忽然と姿を消す謎の神出鬼没少女は、人の死を正確に察知する特殊能力か何かを持っているのだろうか。
――なんだそれは、まるで漫画みたいな話だ。

蒼は戸惑うその様を楽しむかのような好奇の目でこちらを見つめている。その鋭い瞳の奥は、冷たさの中に全てを見透かすかのような空虚感を兼ね備えていて。何だか心を弄ばれているようにも感じる。


「死に方も知りたい?あんた……崖から転落して、誰からも目につかないような場所で朽ち果てるんだよ。そしてニュースにもならない」

「なっ……」

「信じられないって顔だね。まあそりゃ当たり前か、普通の人間ならこんなこと言われたって信じるハズもないし……けど、心のどこかであんたはそれを無視出来ない。何故なら死神にとり憑かれてしまったんだから」

「……お前は、一体……」

「……まあ、でも安心してもいいんじゃないかな。今日のあたしはすごく機嫌が悪いんだ。だから特別に、あんたにとり憑く死神を"お祓い"してあげるよ」


そう言うと蒼は右手を胸の高さまで持ち上げて妖しく微笑んだ。普通なら脳内お花畑な発言に思えるその言葉も、彼女にかかれば恐ろしいオーラを放つイタコの福音にも聞こえてしまう不思議。
蒼はその右手の指をパチリと1回鳴らした。


「……?お前、何したんだ?」

「何って……"お祓い"」


お祓いだと?
夜闇の空間に指と指がこすれる音が虚しく響いたたったそれだけを、お祓いというのか?
テレビでよく見るような読経とか、数珠と塩を持ってお清めとか、そんなのはあくまでテレビの中だけの話なのだろうか。
何だか肩透かしを喰らった気分である。本当に今のでちゃんとお祓い出来たのだろうか。

蒼の向こうに立つ秀也の顔が何気なく目に入った。が、彼はその目を凝らすかのようにまじまじとこちらを見返すばかり。
おいおい冗談だろうと半信半疑で後ろを振り返ってみれば。


「まあ、お祓いっていうのはあくまで喩えで、正しくは消したってことかな」


嘘だろう、言葉が出ない。
その黒ずくめの死神男は、跡形もなく消えていた。まるで手品でもしたかのように、身の毛もよだつ寒気も跡形も残さず、くっきりと。

それが目の前にいる蒼という女のやったことならばあの黒ずくめの死神男の起こした摩訶不思議な現象にも匹敵するほどのオカルトであり、疑いである。


「死神が消えた……本当にお前がやったのか?」

「うん。じゃ、あたし帰るから」

「ちょ、ちょっと待てよ!今のことといい、あの黒ずくめの奴といい、何なんだよ、一体!?」


それだけかましといてはいさようならと帰られてはこっちだって困る。確かにあの死神の姿は消え去ったがにわかに信じがたい部分もあるし、何しろ本当に消えたという確信が持てない限り自分が明後日死んでしまうという運命からは逃れられないのだ。

そして物陰からしばらく様子をうかがっていた秀也もまた同じように思っているのだろう。誰かが見ているところで怪奇現象を起こし逃げするなんて普通なら許さない。

蒼の元には神妙な面持ちをしたふたりの少年が駆け寄った。


「どういうことなのか詳しく説明してくれよ!オレは明後日死ななくて済むのか?死神って何なんだ?」

「……俺もあんたにちゃんと説明して欲しい。おかしな現象を見せられてワケもわからないまま帰されるなんてたまったもんじゃない」


ふたりの少年に言い詰められた蒼は顔を背けてしばらく黙り込んでいたものの、大きくため息をついてふたりの方を振り向く。


「……仕方ないね。じゃあ説明してあげる――と言いたいんだけど、場所も場所だしここじゃ無理。ちょっとついてきて」


歩き出す蒼に後に続くふたり。話すだけなのに場所を選ぶ必要があるのか?
秀也に目を向けると彼も不可解な表情を浮かべながらもしぶしぶ蒼について歩いていく。

Y字路を後にしたその先には闇を照らし合わせるたくさんのネオンがまたたいていた。
最近は何だかいろんなことがありすぎて収拾がつかない。
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