トライシクル

□バイバイシンドローム
3ページ/8ページ



アスファルトからの照り返しが思わぬ敵となるのは今日のような晴れ渡った真夏日。夏休みが終わってすぐだから無理もない。

遠い空のど真ん中から見下ろすようにガンガンに照りつける太陽のせいで、街行く人々は皆頬に汗を伝わせていた。例え日傘を被っていたとしても。
ちょうど午前2時を回った昼下がり、平高から少し離れた柴谷駅前の大通りに仁はいた。

平日だろうがたくさんの人々で混み合う街の中心の、巨大なスクランブル交差点。むせ返るような陽気の中、灼熱フライパンと化しているであろうだだっ広い道路の上を無表情のまま歩いてゆく人達。
たくさんの車と人とが秒単位で交差し、騒音が地熱とともに空へと立ち上ってゆく。ふと見上げた高々と伸びるビル郡の巨大なビジョンには、誰もが目につくような大きさの文字で"現在の気温は32℃"と示されている。
今日はまだマシな方だろう。

強烈な日の光に目を細めた仁のこめかみにも少し汗が浮いている。交差点を渡るさながらすれ違う多くの人々に、ハンカチを手に歩いている姿を多く見かけた。人と太陽とアスファルトの熱気が入り混じったムンムンとした空気が、仁の体にまとわりつく。

交差点を渡り終えた仁はじわじわと照りつける太陽の暑さに参り、適当なビルの狭い隙間を見つけて影に隠れる。日に晒されていないおかげで少しひんやりしていた壁に背をもたれると、体にこもった熱を吸収してくれる感じがした。
筋の通った鼻の頭についた小さな汗を拭うと、ビルの隙間から見える狭い青空が視界の上方に映った。反射的に真上を仰ぐ。

残暑はやはり厳しいか、弱まることのない太陽がさんさんと照らす青空には大きな入道雲。ビルの群れが競い合って手を伸ばした空は、この間の台風警報がウソのように思えるほど澄み渡った青色をしていた。まるでビー玉のように。
見入っていると吸い込まれていきそうだ。

やがて小さなため息をついて再び表通りに出ようとすると、突如青い制服を着た中年の男性が道をふさぐ。その制服と帽子には見覚えもあったし、普段から仁が避けてきた人物である。
自由気ままに生きる仁達にルールというものを諭し、歯止めをかける少し邪魔っ気な存在。


「げっ、警察……」

「君、こんなところで何をしているんだ?」

「別に……暑いから少し休んでただけだよ」

「その制服……平田高校か?サボって親に迷惑かけるんじゃない、今すぐ学校に戻りなさい」


抜け出した先での不運とはよくあるものだ。油断は許されない今の世の中、学校をサボるというのも楽じゃない。
目の前の警官はくどくどとお決まりの文句で説教を垂れ流し始める。まあこんな平日の昼間から制服姿でぶらつく若者を見かけたら、誰もが駆けつけてくるとは思うが。

ワックスで逆立った明るい赤茶の髪が、頭をかしげる度につまらなそうにゆらゆら揺れる。いい加減に終わらない説教を聞き流していた仁も少し苛立ってきたのか、それに比例するように態度も悪くなってきた。不機嫌そうにそっぽを向くその顔に、警官も同じくイライラしているのだろう。


「まったく、最近の高校生は──ん?」

「おまわりさん!早く来て!」


なんとまあ、唐突なる呼び出しによって幸いにもお説教タイムは1ラウンドで終了ゴングを鳴らす。予期せぬトラブルのせいで、相手方はやむを得ず試合放棄。よって仁の念願の勝利だ。
表通りのほうから汗だくになって警官を手招きしていた気の良さそうなおばさんが、神々しい天使に見えるようだった。助かった。


「君はここにいるんだぞ!」


焦ったような顔で急ぎ足のまま表通りへと駆けてゆく警察。どこか獲物を仕留めきれなかった悔しさを奥歯でギリっと噛み締めるそぶりを見せると、くるっと回れ右しておばさんの後を追いかけて行った。


「ふう……助かった〜。それにしても、何があったんだ?」


ほっと胸を撫で下ろした仁は、様子見がてらにビルの隙間からひょこっと顔を出してみる。そこから見えるのは左からスクランブル交差点、銀行、ファッションビル、雑居ビルと異常な数の人だかり、どこかの会社──いや待てよ。仁は順々に追ってゆく景色の中である一点に目を奪われた。


「何だよ、あの人混みは……」


思わず警戒心さえも振りほどいてしまうようなその状況に引き込まれたのは仁だけじゃなかった。気がつけばその足はある場所へと真っ直ぐに駆けてゆく。

道行く人々が蟻のように群がり、いつもとは違い騒然としていたのは、どこにでもあるような15階建ての雑居ビル。何故かその周辺には白黒塗装が素敵なパトカーと複数の警官隊、更にはオレンジ色の救護服がトレードマークである救急隊と救急車が待ち構えていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ