トライシクル

□とがおち
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屈託のない澄み切った青空が広がり、透き通った太陽のベールが薄らと全体に広がっている。果てに見えるいわし雲の群れがきちんと列を整えている様子から、秋になったということを再認識できた。


「う〜……さみい……」


朝方だからか、身を切るような寒さが風に乗ってぶつかってくる。それに時々肩を震わせながら、仁はポケットに手を突っ込んで街路樹のすぐ横をのし歩いていた。幸いにも柔らかな日差しが頭のてっぺんから背中にかけて降り注いでくれるおかげで、幾分か寒さを紛らわせてくれる。


冬を迎えようとする並木は風が駆け抜けるたびに色鮮やかな葉を震わせ、紅潮している何枚かの葉がゆらゆらと地面に落ちてゆく。おかげで並木の続くこの歩道には、毎日のように赤や黄色の様々な葉が風に踊らされていた。時々、歩道の反対側を走り抜ける車に無惨にも踏みにじられる葉もある。

やがて目の前見慣れた校門が見えてくると、そこに吸い寄せられるように向かってゆく人の数も増えてきた。衣替えをしたばかりのせいか、落ち着いた紺色のブレザーが新鮮に見えてくる。たまに明るいチョコレート色や薄いグレーのカーディガンを上着として羽織っている、仁と同じような部類の女も見かけたが。

校門をくぐると人の笑い声や話し声も大きさを増し、初秋の寒さを吹き飛ばさんとする意気込みが感じられるような気がする。皆思い思いの面持ちで、それぞれ玄関へとひた歩いていた。

学年別に別れた下駄箱に近づくと、仁はつまらなそうな顔で自分の番号札がかけてあるフタを開け、なんの面白味もない指定の内履きとかかとの潰れたローファーを取り替えた。力なく地面に放り投げられた内履きは張りのある音を立てて転がり、靴のあちこちに自分で書いたラクガキがかいま見える。それをさして気にもせず、仁はのらりくらりと靴のかかとをつぶしたままズルズルと引きずって歩きだした。これから始まる一週間、ちっとも面白くない学校生活に何ら期待しないような、虚ろな表情をたたえて。

白く、いつ見てもきちんと磨かれてある廊下には登校してきた生徒の姿が薄らと映っていた。玄関ホールに打ちつけてある鏡で髪のチェックをする女もいる。やがて向こうに見えてくる階段にはたむろする不良の生徒だっている。廊下の壁に張りつけてある、破れかけた非行防止のポスター。

一切変わらぬ何気ない日常。とっくに嫌気が差していたハズなのに、どこか悔しさが込み上げて切なさすら感じる。ため息をついたその時、階段に股を広げてヤンキー座りをしていた生徒のひとり、逆立った金髪の目立つ男がこちらに声を飛ばしてきた。


「よおっ、仁!今日ははえぇな」

「ああ、な〜んとなくな、今日は気分で」


そんな虚しい気持ちも、仲間の笑顔によって跡形もなく吹き飛ばされた。いつも退屈を楽しさに変換してくれる、同じような境遇の仲間達。学校の中の、唯一の救いの存在と言えよう。仁の口元にも、自然と微笑みが宿る。


「今日の気分は〜?」

「うぃ〜〜っ!」


仲間内で静かなブームを起こすお決まりの挨拶を、仁は笑いながらノリ良く答える。それを見ていた他の3人もこらえ切れずにどっと大笑いした。何気ない日常。それでも、仁はこの瞬間だけが満足できるように思えた。そんなこんなで今日も楽しく生きよう、心の中でそんな決意をした刹那。



チリーン……



生徒のざわめきに紛れるような音が、仁の耳をかすかにかすめた。小さな、まるで何かを揺らしたような高い鈴の音。そう、それは確か…。

その直後、仁の背中に身の毛もよだつ程の寒気が走った。思わず肩を震わせ、驚愕の表情を浮かべて辺りをキョロキョロと見回す。

この鈴の音には聞き覚えがある。この寒気は何度も体感した。あの時、そう、蒼やあの黒ずくめの死神がそばにいた時に。

そんな様子を不信そうな目で見つめる仲間達は、どうしたんだと怪訝そうな表情で訴えた。だが仁はひと言も言わずただ首を横に振り、目の前を行き交う生徒達を見回し続ける。が、やはり見つかるハズもなく。


「あっ、やべ!板垣が来たぞ!」


そんな怪しげな空気を打ち破ったのは、逆立った金髪の男の焦った声だった。その声に敏感に反応した仲間達は、それぞれはだけたワイシャツを直したり、ネクタイをしていないのを隠すようにボタンをきつく閉めたり、ベルトの柄を隠ぺいするようにわざとあぐらをかいたりと、せわしくうごめいている。


「おい、仁!何ボーっとしてんだ!板垣来るぞ!」


未だ落ち着くことなく動き回る仁の目が、ある一点を捉えることによってピタリと止まる。反射的に仁はだらしなく開きっぱなしだった制服のボタンを急いでとめ始めた。廊下の向こうで中年特有のしわがれた声があちこちに飛び交う。


「なんだその制服の着方は!だらしないぞ、減点されたいのか!こらっ!かかとつぶしするな!」


玄関ホールに立って眉間にしわを寄せながら叱咤する教師のハゲた頭が仁達の目に映る。皆胸をなで下ろしながらも叱り飛ばされる生徒を見つけては笑い合っていた。

仁の疑問も仲間達の馬鹿笑いによってあっけなく流されてゆく。そして、いつもと変わらぬ仲間達の団らんが、階段に陣取った狭苦しいスペースで始まりつつあった。
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