トライシクル

□プロローグ
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――君はサイを振ってから目が出る瞬間まで、一体どんな夢や希望を見ながら、落ちてゆく様子を見守るのかい?――


ふと、彼は私の顔を見上げてそんなことを聞いてきた。

はっきり言って愚問だと思う。
サイを振ってから目が出るまでの、あのたった一秒にも満たないひと時の間など、夢見る暇もないだろうに。
そんなことよりも出た目がどんな数字なのかが大事、だと思う。

私の何のひねりもない答えに、彼は否定もせずニコリと微笑む。


――そう、それが我々にとっては普通の答えだ。でもそんな者達だけだと、この会社や娯楽事業なんかが存在することに何の意味もない。

彼らにとって、サイを振った瞬間から目が出るまでの間は物凄く長く感じるらしい。
その間に芽生える希望や夢などの思いはさらに時間を引き伸ばし、彼らの心中に様々な価値観や思念を形成してゆく。
そして目が出た瞬間彼らは我に返り、今までの時間がほんの刹那だったことと、その無意味を知る。
この虚しさは何だ、とね。

ところが面白いことに、それでも彼らのほとんどはすぐに再び新たなサイを要求するのだよ。
出た目よりも、思い巡らせていたあの瞬間が大事らしいな。それが、人というものだよ――


確かに納得できるような気もするが、やはり私には到底理解できない。会社の存在を半ば否定してしまうかもしれないが、言ってしまえばそんな無駄なことを楽しむなど、ただの自虐行為ではないだろうか。

彼は白いデスクの上にある黒い紙の書類に目を通し、そして、と言葉を再びつむぎ始める。
何だか見慣れない書類だ。


――その彼らにサイを振らせているのが、隣の部署の奴らだよ――


彼は書類に判を押して私に差し出した。
受け取った真っ黒な何枚もの書類には、白い印字と手書きの文字がたくさん書かれている。どうやら、隣の部署からのものらしい。

ため息が出る。あの社長にこれを持っていかなければならないのか。私は少し目をしぼませ窓の外の空を眺めた。

今日も暗色のどんよりとした重い積雲が垂れ込めている。







トライシクル

 

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