トライシクル

□その男、ムソタさん
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「あけおめ〜」

「よっ、あけおめ〜」

「今年もよろしくね」


身を刺すほどの北風が時折過ぎ去ってゆく中、まるで新年の到来を祝っているかのように太陽の柔らかい日差しがゆったりと降り注ぐ午前10時。それぞれ色とりどりの華やかな着物や、はたまたファーや毛皮素材の厚着が目につくたくさんの人だかりが眼前に広がる。今日は年が明けてからの初日に当たる元旦であり、誰もが夜明けを待ち望んでいたおめでたい1日である。普段は絶対に見られない大行列や人混みがこの神社にできているのも、間違いなくそのせいだ。しかも、手がかじかむほど冷え込んでいる真冬のこんな日に。


「あっ、来た来た!」

「おっそいぞ〜、ふたりとも」

「わりわり、秀也が寝坊しちゃったからさ」

「それはお前だろうが」

「早くしないとC組の焼肉に間に合んないよ」


もちろん秀也も例外には漏れずここにいる。冬休みに入る前、クラスメイトの男友達と女友達ふたりずつ、計4人で初詣に行く約束をしていたのだ。秀也達の所属する2年C組は、もともと2学年の間でも特別にクラス内の仲が良く団結力があるのが特徴的だった。クラス対抗の体育祭や文化祭などでも優秀な成績を修めていることで校内でも有名である。よって、彼らがプライベートでもクラス単位でよく集まっているのも珍しくはない。
それはいくらひねくれた側面を持つ秀也にとっても、嬉しいことに変わりはないのだ。秀也だって、ひとりの人間なのだから。


「相変わらずだな〜。満員電車になりかねねえぞ、この人混み」

「まあ初詣だから仕方ないっしょ。あ、ねえねえ、秀也と颯太って、どこで年越ししたの?」

「まあ、俺達は他のC組の奴らと颯太んちで騒いでたな。颯太が特にテンションやばくて、一応夜中だから近所からうるさいって苦情が来たから大変だったんだ」

「それ、おれだけじゃねえし!他の皆だってノリノリで騒いでたじゃん!……つうか、奈美と梨恵さ。今日着物で来るとか行ってなかったっけ?何その普段通りの格好」

「だあ〜って寒かったんだもん、仕方ないじゃん」

「そうよ。あんた達もこの寒い中、着物でも着てみなよ。マジでテンション下がるから。ね〜、りっちょん」

「ね〜」


まあ、確かに納得できるのも仕方ない。秀也と颯太が間髪入れずに賛同してしまえるぐらい、それは単純な理由だった。いくらお祝いムード一色に染まった今日この日と言えども、やはり人間理屈だけでは寒さに勝てないのだ。彼女達がファー付きのエナメルがかった紫色のジャンバーやナチュラルベージュの毛皮製ガウンを羽織っているのが、それをよく証明できている。
オシャレは暑さ寒さなど関係ないと誰かが言ったが、そんなことをほざいてられない人もいる。彼らの限界なのだ。


「おみくじ、いっぱい並んでるね」

「知ってる人いたりしてな。C組の誰かとか、普通にいそうだし」

「そういえば綾香と勇斗、今日一緒に初詣行くって言ってたよ?」

「あいつら、長く続いてるよな〜。来月で1年4ヶ月だっけ?」

「いいよなあ。なあ秀也、おれも彼女欲しいよ〜」

「まあ頑張れ、アホ」

「んだよそれ、テキトーに返しすぎだろ!」


ひしめき合う人混みを裁つようようにしてうねる1本の行列の最後尾に、一行は笑顔で何気ない会話を交わしながら並んでいた。やはりC組の人間が揃えば、決まってクラスの誰かの話で話題が持ちきりになる。それは彼らにとって普段通りの出来事だが、花に群がる蝶にとって蜜がそうであるように、とても美味しいものだった。話せば話すほど、心という名の胃袋は幸福で満たされる。
クラスの皆が仲良し。それは、肩の凝り固まるような社会生活を営む前に体験する至福のひとつだろう。


「あっ!あそこにいるの、美月と花梨じゃね?さっそくC組発見だな!」

「ホントだ!あんな前の方にいるなんて、やるじゃんねえ」

「いいな〜、もうすぐおみくじ引けるじゃん。……あ、ねえねえ秀也、あれってA組の仁じゃない?あんた去年の夏休み明けくらいから急に仲良くなってんじゃん、あいつと」

「ん……?」


行列の先にある、荘厳な雰囲気の漂うひときわ大きな社。その側にはぐれるようにしてぶらついていたひとりの人物を、理恵が指差し白く濁る湯気のような吐息と共に名前を吐き出した。その細い指先が示す方向にいた人物は、赤茶色の髪の毛を逆立てた見覚えのある顔をしていた。そいつに視線を合わせた瞬間、秀也は何かしらの不安を少しだけ噛み締める。この人物に関わってからロクでもないことに巻き込まれているような気がしないワケでもない、トラブルメーカー的存在な奴。周りの人達も、不良の一味であるそいつとジャンルの違った秀也が何故仲が良いのかが未だに理解できてないのも無理はないだろう。ただ、別に嫌いというワケでもないが、やはり腐れ縁だからこういう風になってしまうのかと大体の予測は自分でつけていたが。秀也は早くも今年初のため息をひとつついた。

そんな秀也の心境を知ってか知らずか、当の本人は秀也達の姿を見つけた途端に彼らのほうへと駆け寄ってくる。どういうワケかいつも一緒にいる、学年でも一際目立つ不良集団の姿は一緒に見られなかった。
息を切らしながらたどり着いた秀也の前で、他の3人の視線も気にせずそいつはいつものはにかみを含んで言う。


「よおっ、秀也!あけおめ!お前も初詣か?」

「ああ、そうだけど。つうかお前、ひとりで来てんのか?」

「いや〜、ホントは皆で来たんだけどさあ、おみくじ引いて一番結果が悪かった奴がひとりで罰ゲームやることなったんだ。それが運悪くオレになっちゃって」

「罰ゲーム?」

「ああ。なんか最近、この神社の裏でやってるっていう、あの怪しい占いをひとりで受けてこいっていう罰ゲームさ」

「あ〜、それ知ってる。当たるような当たらないような、とにかく怪しいって噂で持ちきりの占いでしょ?確か、"霊占"だっけ?」

「そう、それ!やっぱ皆知ってるよな〜」


理恵が突っ込んできた"霊占"というのは、ここ赤波市北区で最近噂になっている、それはそれは怪しげな占いらしい。一方で性格やら恋愛傾向やらがものすごく当たったという声があれば、もう一方では全く的外れなことばかり言われたという批判もある。人によりけりだ。だがそんなことは占いの常識としては当たり前の結果であると言える。
では何故そんな普通の占いが、こんなにも人と人の間を渡り歩く噂と成りえたのか。それはそのユニークな占い方にあるという。


「その名の通り、噂じゃ霊を使って占いをするみたいだよ。何かすっごく怪しいと思わない?私はあんまりオススメしないかな〜」

「え〜、でも理恵、星座+血液型の占い信じてんじゃん」

「あれは別よ、だってすっごく当たるもの!」

「まあそれは置いといて、オレはその占いを検証しに行かなきゃいけねえんだよ」

「そうか、頑張れよ」

「そう冷たくすんなって!ちょうどいいから、お前も一緒に占ってもらおうぜ。オレひとりだとさすがに呪われちまうような気もするし」

「別に呪われたりしないだろ。第一、そんなバカバカしいこと起こるはずがない」

「いやいや、マジで怪しいんだって!お前も知ってるだろ、ある人が占ってもらったその日、変な霊にとり憑かれたって噂!」

「タダの噂だろ」

「頼むよ、秀也〜」


秀也は目の前でヘラヘラ笑う仁の言動に思わずもう一度ため息をつく。せっかく4人で楽しく初詣に来ていたというのに、何故こいつに離脱させられた挙句そんな奇怪な占いに付き合わされなければならないのだ。しかも秀也はもとから占いや霊などのまやかしは信じないタチなのだ。まあ、死神だけは例外ではあるが。


「あのなあ……俺、こいつらと初詣に来てるんだし、しかもこの後C組の集まりが──」

「いいじゃん別に。少しの間だし、行ってくれば?」

「そうよ、どうせこの並び具合だと占ってもらう暇全然あると思うし」

「それに、私達も何気その占いのこと知りたいしね。ちょうどいいから秀也も占ってもらってきてよ。そんで結果も教えてちょうだい」

「なっ、お前ら……」


だが、救ってくれると信じていた手のひらは3人とも勢いよくひっくり返してくれた。むしろ占いに興味津々な彼らにとっては好機にも見えたのだろう。特に何のデメリットも見られないことを予想した上で、秀也に託した選択肢はただひとつ。
彼らの顔を唖然と見回しても、返ってくるのはこの状況を楽しそうに見つめる笑顔だけ。そんな微笑みでしぼんだ純粋そうな瞳で捉えられると、文句のひとつすら言えたもんじゃない。暗黙の命令が下ったような気がする。それを渋々受け取った秀也は、少し怪訝そうに表情を曇らせながらも仕方なしと言った具合に答えを返した。


「……そんなに言うなら仕方ないな。わかった、俺も一緒に行ってやるよ」

「マジで!?サンキュー、さっすが秀也だな!」

「んじゃ、行ってら。おれ達は気長に並んで待ってるぞ」

「いい結果、期待してるよ〜」

「占い師に変なこと言われても気にしないでね」


離れてゆく行列の中の3人が振る手を見ると妙にもの悲しい気分になる。結局、元日にまでこいつと行動することになるとは。秀也はせっかく味わっていたC組の雰囲気に早くも邪魔が入ってしまったことに、高揚していた気分を少しだけ削がれたような感じがした。横に並んで歩く仁がそれを知ることはないだろう。彼は冷えきった両手を腰履きしたジーンズのポケットに突っ込み、ただ一方だけを見つめていた。
その方向にあるのは、表側から隔離されるようにしてある、こんな日でも人気の感じられないような場所。社の脇に伸びる石畳の小道だった。
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