トライシクル

□エゴイズム@スマイル
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「なあ知ってるか?"黒い質問者"の怪談。アレ、何かリアルにこええよな……」

「あーアレなアレ。そういや噂じゃこの前駅の近くのビルで飛び降り自殺した殺人犯も実は"黒い質問者"にとり憑かれてたって話もあるみてえだぞ……マジリアル〜」

「……いやでも普通に考えてどうせソイツはクスリか何かやってたんだろ?頭クルクルパーなって変なモン見ただけじゃね?ほら仁みてえに」

「いでっ!おい、今最高に眠かったのに寝んの邪魔すんなよ……」


9月に入ったが猛暑はまだまだ勢い衰えない金曜日の正午近く。2年A組の教室の窓辺の席ではいつも決まって教師に呆れられるメンバー4人が固まっていた。
黒短髪に金のメッシュが入った背の高い精悍な顔つきの村上龍樹(ムラカミ リュウキ)。ちょっとスカしてて学年でもイケメンの1、2を争う綺麗な目鼻立ちのアッシュ系の髪の泉浩太(イズミ コウタ)。坊主頭に剃りを入れたいかつい顔だが言うことはとてもシュールな阿部勇吾(アベ ユウゴ)。
そして、年の割には子供のように純真で赤に限りなく近い明るい茶髪の少年、仁。

ここ2年A組での俗に言う"いつメン"は彼らのことであって、もちろん他のクラスにも同じような仲間がいる。彼らはいつでも好奇心の赴くままに行動する自由気質な楽天家。本人達に自覚はあまりないだろうが、だらしない素行や制服の着崩し方などどれを取っても立派な不良である。

ところでこのくそ暑い中一番嫌いな国語の授業時間という最低最悪の条件下において幸いにも眠気がゆっくりと仁を夢へと誘おうとしていたのにも関わらず、後ろの席の勇吾が椅子の底面に足蹴りをかましたのである。伏せていた顔を不機嫌そうに起こす仁の寝ぼけ面を見て、他の3人はまた笑った。


「"黒い質問者"ぁ?」

「あ、クルクルパーの仁君には関係ないっすよ」

「うるせえ、お前これどうやって覚えるか知ってるか?『うかりける〜ひとをはつせのやまおろしよ〜"ハゲ"しかれとは〜いのらぬものを〜』」

「ごめんそれ"うっかりハゲ"じゃなくて"仮ハゲ"って覚えてたわ俺」

「――こら山崎ぃ、国語の時間だから百人一首詠むのは別に悪いことじゃないが……それ高2の教科書に載ってるかあ?よく全文覚えてたな」

「だって中学ん時それだけ覚えりゃいいって先生が――いでっ!」


このメンバーの愚行の扱いもすでに慣れてしまったのか、国語担任の少し老けたオヤジ教師は持っていた教科書で4人の頭を軽くはたく。そのついでに4人の付近の席で居眠りしていた他のクラスメイトを順繰りに起こしてから教卓の方へと戻った。再び静寂を取り戻した教室内にはチョークが黒板を打つ音だけが異様に響く。

そしてそれに割って入るかのようにグランドの方向から聞こえてくるのは、乾いた空に響き渡るすがすがしい打球音。不意に夏を感じさせる生ぬるい風と太陽の光に目を凝らした仁は、大きなあくびをひとつついて窓から見える中庭を見つめていた。

あれから3日経ったが、あの現実離れした出来事を信じていると言ったら嘘になるかもしれない。死の宣告の期日から1日経った今日になっても何事もなく無事に過ごしているのだから、それが尚更ただの夢のようにも感じられるのだ。

こうして普通に授業を受けて友達といつも通りバカ騒ぎしていると、ずいぶん遠い日にも感じるのは何故だろう。
あの日から本当に死神なんか一切見かけなくなったし、特におかしいと思われるような現象も起きてない。蒼と名乗ったあのギャルと会ったのもあれきりだ。
ただ今は"黒い質問者"の怪談だけが根も葉もない新たな噂と共に人々の間を独り歩きしているというだけで。

しかし仁が早くもただの日常に戻れたことを不満げに思っていたのは事実だった。人間というのはどうにも奇妙なもので、せっかく窮地を脱したとしても安息日が続くとたいていはこうなってしまう。
黒ずくめの男の恐怖を目の当たりにしどうしようもない不安に駆られていたのにも関わらず、今となってはまた面白いことが起きないのかと期待を込めて過ごす日々ばかり。平和のありがたみは反面教師的な状況でしか味わえないとはよく言ったものだ。

あんなにも身近にあったハズの"黒い質問者"の怪談にまつわる噂話ですら、その耳に入ろうが遠くリフレインするだけくらいの存在として仁の中で風化してゆく。何度か友人との間にその話題が上ろうが、特に気にせず軽く受け流しているだけだった。

ほら、ぼうっとしている合間に、無情にも時間は流れてゆく。
高校生というだけで時間を引き伸ばせる特権が与えられる幸せを彼らが知らないうちに。


「おっ、もうチャイムか。よし、じゃあ授業はここまでにして終わりにします」

「よっしゃ飯いくべ飯ー!」


授業終了を告げるチャイムが響き渡ったかと思うと、あんなに静かだった教室もみるみるうちに活気を取り戻した。
大きく伸びをする者。壁際の席に弁当を持ち寄って固まる女子達。皆が皆嬉々とする学校のオアシス、昼休みの時間がやってきた。


「よっしゃ、マック行くべマック!」

「何でぇ!?」

「いや、人間ってさ……時々マックが突然食いたくなるように出来てんだよ」

「さすがただのハゲじゃないハゲ!言うことはただのハゲとは違うんだな!」

「うるせえクルクルパー!……あ、龍樹この前の罰ゲームのおごりしろよ」

「あ〜、アレねアレ。俺ビッグマックでいいよ龍樹」

「じゃあオレ朝マック」

「ちょ待てや仁、朝マックって今昼だぞおい!つか勝手に決めんじゃねえよ!」


騒がしい4人組は何食わぬ顔で玄関口へと駆け出した。
炎天下に響き渡る笑い声は背後にたくさんのビル群がそびえる校門の方へと向かってゆく。
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