トライシクル

□そうしてできたのさ
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初めの1日は疑いでしかなかった。
死神と名乗る男が自分にやって見せた行為も、冷静に考えたらただの暴力行為でしかないワケだし、その際に起きた体温低下なんかも自律神経か何かがビビってそうなったのかもしれない。その男が自分に死を宣告した後普通に歩いてどこかに歩いて行ったのを見届けたし、もしかしたらやっぱり普通の人間なのかもしれないと説明がつくのである。

しかし2日目の夜、それを嘲笑うかのように男は突如自分の目の前に姿を現したのだった。どこからともなく黒い霧が集まったかと思うとそれは瞬く間に人の形を取りあの黒ずくめの男となった。

手には小さなひまわりが一輪。
男は言う。


――これでも俺が死神だと信じられないならお前のアタマはいかれてる――


そしてひまわりはあっという間に枯れてしまった。
その瞬間自分の中の何かが音を立てて崩れ落ちた。本来ならば目を疑うべき現象も言動も、なぜかスムーズに受け入れることが出来た。

その日以来何かと執着心が薄れていって、3日目の夕方には聖人にでもなったような不思議な気分でいた。

4日目の昼頃となるとそれもまた別の話になり、周りで何の不安もなくバカ騒ぎする友人達が何だか少し羨ましくも思えた。

何だよ、オレは明後日死んじまうっていうのにどうしてそんな呑気にしてられんだよ。どうしてそんなに楽しんでられるんだよ。

そんな行き場のない怒りを晴らすため理由もなく友人を小突いたりした。
それでもいつもと変わらぬ悪戯だと受け取った友人は『バカだな仁』とただ笑って流すだけ。それがまた妙に腹立たしく思えたりした。

お前らには絶対わからないんだろうな、オレの気持ちは――そうふてくされながら帰り道を辿る途中であるたった今、見かけたのであった。

あの、謎の金髪のギャルの姿を。


暗闇に包まれたさびれたY字路の真ん中で、街灯にぼんやりと照らされた冷たいアスファルトの上に立つ若い女。
水銀灯のまばゆい光を反射する金のロングヘアは彼女の派手さを誇示するものだが、黒を基調に纏められたスマートかつ女らしい格好は不思議とその怪しい印象をより引き立てていた。


「見つけたぞ!」


息を切らせながら発した声に反応して彼女がこちらに視線を向ける。その顔は端正な体つきとよく比例しており、モデルのように整えられていた。中でもその濃い黒のアイラインで縁取られた切れ長の瞳は冷たい眼光を放ち、畏怖にも似た何かを抱かせる。


「お前が――ん?」


その女に近づいていく途中で視界の中に何かがいるのに気づく。ピントはその女に合わせたままだったが、女の後方にある道路の暗闇の中から少しだけ顔を出す誰かの姿が見えた。

暗い栗色の短髪、無表情を滅多に崩さないツンとした顔。
その風貌には何度か見覚えもあったし、友人の繋がりで幾度となく話に上ったことがある。たぶん相手もこちらのことを知ってるハズ。
名前は確か――


「秀也……?お前、B組の秀也か……?何でお前もここに……」


その少年は自分の姿を見て驚いたのか、一瞬引きつるような表情を見せた気がした。何もそこまで自分にビビることはないだろうに……よくポーカーフェイスとか聞いたけど実際はそんなものでもないらしい。


「またこんな場所でくすぶっていたのか、霧谷蒼(キリヤアオイ)」

「うわっ!お前っ……いつからいたんだよ!?」


何の因果もなく突如背後から低く重々しい声が聞こえたかと思えば、いつの間にか現れた黒ずくめの男が自分の真後ろに突っ立っていた。
なるほどどうやら秀也は自分にではなく、自分の背後に突然現れたこの男に驚いたらしい。

それにしてもこの黒ずくめの死神男とあの金髪ギャルに何の因縁があるのだろうか。男の発した恐らく彼女の名前であるだろうそれにピクリと反応した当人は、心なしか不機嫌そうな顔をする。


「愚かだな。今度報告があれば即クビだと、お前のところの上司に釘を刺されたんじゃなかったか?」

「……ふん、別にサボってるワケじゃないから。あたしはあんた達みたいな仕事しかしない会社の人形とは違うんでね」


蒼と呼ばれた女は、黒ずくめの男に対しピシャリと言い放った。その鋭い睨みを効かせた表情は黒ずくめの男に恐怖することなく立ち向かっている。
事情が全くつかめないが、どうやら蒼は黒ずくめの男に諫められているようにも見えるが……。


「そうは言っても仕事の能率が落ちていると専らの噂だぞ、これじゃあいずれお前の上司の信用も落ちるだろうな」

「ただ平均水準に落ち着いただけでゴチャゴチャ言ってるんじゃあ話にならないね。うちの上司はそんな下らないこと気にもしないっつの」

「だからお前のところはいつまで経っても悪評が絶えないんだ」

「悪評?ただの嫉妬でしょうが。どうせそういうこと言うのは決まってうちで挫折した奴らでしょ。実際にはうちの上司が一番、上からの評価高いんだからね」


自分と秀也を置いてけぼりにしといて話はどんどん展開しているようだった。熱の全く感じられない口論の内容から察するに、ふたりは仕事か何かの関係にあるらしい。
それにしても仕事云々で死神と言い合う金髪ギャルって――まあ、ますます彼女に対する謎が深まるだけなのだが。
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