※「せめて哀しみとともに」直後のお話です。原作沿いなので、勿論死ネタです。ひたすら暗いので閲覧注意!
目が眩む。呼吸しようにも胸が酷く痛んで、呼吸が上手く出来ない。胸を摩ろうにも、手足が何故だか動かない。
視界に広がる真っ白な天上。ユーフェミアは思う。ああ、ここは本国で、自分はブリタニアに帰ってきたのだと。きっと久しぶりの本国で、気が緩み寝坊してしまったに違いない。これではまたお姉様に怒られてしまう。早く起きなくては!
そう思うのに。
(あれ………?)
寝返りを打とうにも、何故だか身体が動かない。しかも、ユーフェミアが寝坊するたび、彼女を起こしに来るコーネリアやダールトンの姿が、何処にもなかった。
(お姉様、お姉様何処ですか!)
幼子のように、ユーフェミアの瞳が不安に揺れる。優しい姉の姿も、困り顔の側近の姿も、何処にもない。
「ユフィ……」
けれど見上げた先、
貴方だけは側にいてくれた。
夢みたあとで
「ユフィ……」
目を覚ましてすぐ、自分を覗き込むスザクの顔がそこにはあった。
何故だか不安に揺れる彼の顔を見て、ユーフェミアはようやく……今日が何の日であるかを思い出す。
「ユフィ……教えて欲しい。どうしてあんな命令を……」
命令?なんのこと?
彼が言っている意味が分からないまま、ユーフェミアの唇が、その意志とは関係なしに勝手に開いた。
「そんなことより、スザクは、日本人、でしたよね……?」
「え、ああ……」
その言葉に、視界が真っ赤に燃えるのを、ユーフェミアは感じる。
鼻先をつく硝煙の匂い、逃げ惑う人々、そうして積み上がる屍山血河。
ーーー皆殺しです!日本人は虐殺です!
響き渡る、絶叫。
逃げ惑う人々を追うように、薄紅色のドレスが揺れた、そんな気がした。
(スザクは、日本人。日本人のスザク、日本人は)
みなごろしに。
「う………」
ユーフェミアの喉が小刻みに痙攣する。
指先を動かす気力ももうないのに、スザクの喉仏から、何故だか目が離せない。
その白い首筋に手を伸ばして、少しでも力を入れたらどうなるのか。案外簡単に折れるかましれない。そうしたらきっと「日本人」のスザクは死ぬ……。
「ユフィ……?」
その声に、大きな翡翠の瞳に、ユーフェミアは半ば無意識的に唇を噛み締めた。口の奥に広がる血の味が、今のユーフェミアを僅かに繋ぎ止める。
自分を急かすこの衝動がなんなのか分からないまま、ユーフェミアは懸命に……微笑んだ。
「スザク、式典は…『日本』は…どうなったかしら…」
その言葉に、スザクの瞳が大きく見開かれた。
スザクの白い喉が、ひくりと震える。
「ユフィ……覚えていないのか」
その言葉に、ユーフェミアの瞳が不安に揺れる。
式典開幕以降の記憶がどういう訳か曖昧で、もしかして大きな失敗をしたのかもしれない。(どうしてこんなところにいるのだろうか、という考えは、不思議と思い浮かばなかった)
「私は…うまく、出来た?」
「あ……」
丸みを帯びたスザクの大きな瞳が僅かに揺れる。
そうしてしばし逡巡したのち、スザクは何故だか泣きそうな顔で……微笑んだ。
「大成功だ…!みんな、とても喜んでいたよ。日本に」
その言葉に、ユーフェミアの瞳に涙が滲む。そうして心の底から幸せそうに、「良かった……」と、そうため息をついた。
ユーフェミアの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
人は、きっと死ぬまでにたくさんの夢を見るのだろう。決して叶わない夢、途方もなく大きな夢。
それでも、その中の一つでも叶えることが出来たのなら、人はきっとそれを幸せと呼ぶのだ。
そして不意に、視界が歪んでいることに、ユーフェミアは気付いた。視界の端が、ちかちかと点滅している。
「おかしいな…あなたの顔、見えない……」
「あ……」
ゆっくりと伸ばしたユーフェミアの手を、スザクが握り返す。
固い無骨な、優しい手。
不器用なスザクの手が、ユーフェミアはとびきり大好きで。
この手にどれだけ救われたか、ユーフェミアには分からない。
(ああ、そういえば私、スザクに一度もお礼をいっていない)
不意にそう思い、けれど出てきた言葉は「学校…行ってね?」
「私は途中で…辞めちゃったから」
すると、くしゃくしゃに顔を歪めたスザクが「ユフィ。今からでも行けるよ。…そうだ。一緒にアッシュフォード学園に行こう。楽しい生徒会があるんだ。君と…!」
そんなスザクの気持ちが嬉しくて、ユーフェミアは思わず微笑んだ。
学園生活だなんて、今更想像もできない。けれど、スザクと一緒なら、きっとなにもかもが楽しい筈。
でも私に、あんな短いスカートが似合うかしら、とか、ネクタイの付け方が分からないわ、と思って……ユーフェミアは笑った。
きっとスザクは、ユーフェミアが学校の窓から飛び降りても、一瞬驚いた顔をしてから、危険も省みず抱き留めてくれる。そうして困ったように笑いながら、優しく、「大丈夫ですか?」とユーフェミアに聞いてくれるのだ。何度でも、何度でも。
「私の分まで…ね?」
そうだ、春が来たら、スザクに長いお休みをあげよう。そして二人で桜を見に行きたい。ユフィにとても似ている花だよ、と、スザクがいってくれた、あの淡い、薄紅色の花を、二人で。
コーネリアが許してくれるのなら、ルルーシュとナナリーも連れて、皆でお花見に出掛けたい。きっとお姉様もルルーシュも、最初は意固持になって口も聞かないのだろうけど、いつかは冬が終わり、春が訪れるように、全ては桜が許してくれる。
そうして急速に、ユーフェミアは自分の意識が遠のいていくのを感じた。
「……駄目だ!ユフィ!駄目だ!」
そう叫ぶスザクの声も、何故だか今は遠い。
だけどもう、今のユーフェミアには、泣きじゃくるスザクの涙の意味も、分からなかった。
(ああ、駄目、とても眠いの)
話したいことはまだたくさんあるのに、睡魔が襲ってしかたない。
やだなぁ。まだたくさん話したいことがあるのに。それから、力いっぱいスザクを抱きしめてあげたいのに。
涙が零れ落ちる。
好き、スザクが大好き。
次に起きたら、一番にそう伝えよう。そして……ただのユフィの側にでもずっと一緒にいてくれるのか、聞いてみよう。
スザク、と、彼女はその名前を呼ぶ。彼女が愛した、彼女だけの騎士の名前を、愛しむように、優しく。
何度だって、囁きたかった。
「ああ…スザク、貴方に会えて」
私は、とても幸せでした。
貴方は?幸せでした?
(幸せだったら、嬉しいなあ)
ゆっくりと、その瞼が閉ざされる。
自分の言葉が途中で切れたことにも気付かず、閉ざされた瞼の奥、薄紅色の花びらが舞い落ちる中…、ルルーシュとスザクと、自分の三人が、肩を並べて歩いている、そんな光景が見えた気がした。
(それはきっと、いつか来る日の夢)
永遠に閉ざされたその瞼から、ただ一筋、涙が零れ落ちて弾けて消えた。
「ユフィ……」
今まさに目の前で起きた出来事が信じられずに、スザクは静かにその名前を呼ぶ。
けれど、彼女は答えてはくれない。寝台に横たわったまま、何かから解放された、そんな安らいだ表情をしていた。
「ユフィ、ユフィユフィユフィユフィユフィユフィユフィ…」
何度その名前を呼ぼうとも、彼女は答えてはくれないと頭ではそう分かっていながら、スザクは何度となく、ユフィと繰り返す。
彼が愛した、彼だけの主君の名前を。最愛の少女の名前を。懇願するように、何度でも。
けれど今は、彼女の命の停止を告げる無機質な機械音だけしか、聞こえない。
「僕は君に…何が出来た?ユフィ……」
閉ざされた窓の端、冬枯れた桜の木だけが、医師に押さえ付けられてなお泣きじゃくるスザクを、ただ静かに、見詰めていた。
冬空の下、ふわりと、薄紅色のドレスが揺れている。
満開の桜の下で、気恥ずかしそうに、スザクを待っている、彼女。
『ねえ、スザク。貴方は幸せでした?』
夢みたあとで
(それはきっと、永遠に来る筈のない夢)
END
スザク×ユーフェミア。
本当はスザク視点も書きかけましたが、辛すぎて止めました。
駄文ですが、拙宅のスザユフィを好いて下さっている光水様に捧げます。