激妄想Text※注意!

□熱
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熱いんだか寒いんだか解らない。
自分を呼ぶ声がやけに遠いのに、うるさくて堪らない。いま、おきるから。と答えようとして口が上手く廻らない。
漸く瞼を持ち上げる。
白い天井がくるくる廻る。酷い耳鳴り。喉が、カラカラ。



「ヤコ」



視界がぼやける。これは多分ネウロだろう。でも焦点が合わない。碧の目がみたいのに見えない。ちょっとしたもどかしさが酷く不安に変わる。ネウロが、遠い。



「?…ヤコ、何を泣いている?」
「…ネウロ…苦しい…」
「…体温が少し高いな。呼吸も荒いぞ」



ひた、と冷たい革手袋が頭を撫でる。ひんやりとした感触が気持ちいい。



「聞いているのか?ヤコ。………ん?なんだ、アカネ」



冷たい手の平が遠退く。途端にその部分が熱を持つ。名残惜しくて、もっと撫でて欲しくてネウロの名前を呼ぶ。



「…ゥロ…ネウロ…」
「なんだ。蚊トンボみたいな声を出すな。………これを?腋に挟めば良いのか?」



喋るのも億劫なのにネウロはあかねちゃんに何かを渡されている。それを渡すとあかねちゃんが給湯室に走る。



「ヤコ。これを腋に挟め」



小さな棒。あぁ、体温計なんて事務所にあったんだ。
手に力が入らなくて体温計を腋に挟むのにも酷く時間がかかる。やっとの事でそれを挟むと、あかねちゃんがポカリを汲んでくれた。
飲みたいけど手を延ばすのが辛い。



「風邪?」



ネウロがあかねちゃんのホワイトボードを見て驚いた声を出す。



「馬鹿もひくものなのか」



ひどい。
抗議の声はあげられなかった。替わりにピピピと電子音がやけに響いた。

38.7℃

風邪だよ。馬鹿でもひくの。
体温計を机に置くことがやっとでポカリを飲みたいのに出来なかった。
体温計をネウロが見る。
そのままあかねちゃんにも見せると、あかねちゃんは垂直になってしまった。
そして彼女はホワイトボードに何かイロイロ描いている。



「風邪薬など事務所には無いぞ」



キュキュッキュキュッ。
ホワイトボードに何か書かれる音とネウロの話し声が遠い。



「…仕方が無い。まったく手間のかかる奴隷だ」



キュキュッ。



「む?あの液体を飲ませれば良いのか?」



キュ。



「本当に手間のかかる…ヤコ」
「…なぁに…」
「アカネがこれを飲めと」



ネウロがポカリを渡してくれる。でも上体が起こせない。
ノロノロと肘を付くと、ネウロが背中を支えてくれた。



「凄い汗だな」



だから水分が欲しくの。
漸くポカリに口を付ける。
美味しい。



「ゆっくり飲めと、アカネが」
「………うん。…ありがと…。…ごめん」
「良いから早く飲め」



どっち。
笑いたくても上手くいかない。肺が痛くなるから。



「飲み終わったら病院に寄って家に帰れ」
「…うん…」



なんとか返事をしたものの、家までの帰路を考えると憂鬱になる。今日はお母さんもいないしタクシー代なんて無い。わざわざ誰もいない家に帰るのは不安。でもここは毛布すらない。ソファーで寝てしまえば悪化するばかりだろう。
横になってしまえばまた起き上がるのが難しいので、ソファーに座ったまま、なんとか眩暈の波が引くのを待つ。あかねちゃんが濡らしたタオルを持って来てくれる。
それを額に宛てて、ふ、と深呼吸する。その息にすら熱が篭る。べたついたシャツが気持ち悪い。



『熱いの?寒いの?』



ホワイトボードに書かれる文字。
熱い、と答えるとさらに文字が書き足される。



『じゃあ多分熱は一旦下がると思うけど、夜中になると熱は上がるからね。お薬飲んで、身体冷やさないようにして今日は休んで』



一応、夜間診療の病院の住所。と心配する文字。あかねちゃんはなんだかお姉さんみたい。兄弟がいたならやっぱりあかねちゃんみたいな人が良いな。
ネウロは相変わらずカタカタパソコンを弄っている。真剣な眼差し。…ま、こいつは人を心配するような奴じゃないか。
タオルとポカリのお陰か、少し頭がすっきりしてきた。今のうちに帰ろう。
なんとか膝に力を入れて立ち上がると、ネウロも立ち上がる。
じゃあ私帰るね。と言おうとして敵わない。



「アカネ」



ネウロの革手袋の感触が肩に触れる。



「戸締まりはしておけよ」



眩暈とは違う浮遊感。抱え方がいつもと違うから、何が起こったのか一瞬解らなかった。何時もは荷物みたいに担がれるか頭を持ち上げるのに。あ、これってお姫様、抱っこ?
さらに、浮遊感。
ネウロに抱かれたまま事務所の窓から飛び立つ。
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