妄想Text(ネウロ)

□雨
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from:ヤコ
無題
………………………
あと15分で着く




五秒で来いとゆうメールに対しての返信だ。奴隷の癖に生意気だ。更に生意気なのは15分どころか既にこのメールから30分以上が経っている。

「…チッ」

フライデーを飛ばすと当のミジンコは路地裏の片隅にしゃがみ込んで動こうとしない。
その空が暗いのはけして路地裏に日の光が届かないからではない。
低い雲が唸るような声をあげる。

パチンとパソコンのディスプレイを閉じる。

「出掛けてくる。すぐもどる」

それだけ告げると有能な秘書がホワイトボードに『いってらっしゃいませ』て書かれたのを見てから扉を閉じる。
全てを察している秘書は万が一に備えてお湯と渇いたタオルを用意する。
この部屋の主とその大切な人のため。







ヤコが動けなくなってしまった場所まで対した時間はかからない。しかしその短い時間ですらせっかちな雲は待ちきれなかったようだ。

ポツリポツリと降り出した雨に小さな肩は濡れていた。



「貴様、傘の使い方も知らんのか」



ヤコのお気に入りの人肉色の傘はヤコを雨から守らず路地裏の片隅に差されている。
その傘の下から小さな鳴き声がする。
「…傘は、雨を凌ぐためにあるんでしょ」
それくらい知ってる。
小さな声は小さな鳴き声と降り出した雨にすら飲み込まれてしまう。


鳴き声の主は小さな箱に包まれて、ヤコが買ってきたであろう小さなタオルに潜り込む。濡れないように包まれたビニール袋は既に用を足さない。

「捨て猫か」
「…」

雨足は強くなるばかりで肌に当たれは痛いくらいだ。
温暖化の影響で日本各地でゲリラ豪雨が急増している。

小さな命が入り込んだ箱をヤコが抱えて自分が入れたタオルの裏側に手を入れる。

自嘲気味な顔と共に渡された小さな紙。
紙には小さく薄い文字で
『南無阿弥陀仏』
この箱の中身の命は三つ。
文字も三つあった。
「こうゆうの見ちゃうとさ」
ポツリ
「サイと違わないよね」
ポツリポツリ
「興味が無くなれば、箱に詰めてポイ」
ポタリ
「サイも、同じ人間だって言ってたよね」
ポタリポタリ
「同じ人間だから」
ポタリポタリポタリ
「同じだけ残酷になれるのかな」
ポタリ



小さな箱を強く抱く。
ちいさな背中。
だがそれは。



「それで?」
「…」
「確かに貴様のようなウジムシでもこれくらいの命を絶つのはたやすかろう」
ヤコは答えない。
「生きるために他の命を絶つのは生物の理だ」
「…うん。でも、違う。違うよ人は」
「生きるため以外に命を絶つのは人間だけだがな」
絶望したように見上げる瞳。
見えない断罪の刃を突き付ける。
−これが、望みか?
言の葉に乗せずともこの娘は人の感情を読み取る。
見上げていた瞳は逸らされ、

それでも小さな命を抱きしめる。

それをみてネウロはフゥ、と溜め息をつく。
目を逸らしていたヤコには、その唇に浮かぶ笑みを見ることは無い。



手を伸ばす。
小さな箱を奪い取る。
ヤコの抵抗は魔人にとってみれば蟻に刺されたほどにも感じない。



「…っネウロ、待っ…」
「そして」
遮る言葉
「自らが生きる以外の命を守ろうとするのも、人だけだ」
「…っ」



降るだけ降った雨は後はすっきりしたように青空を覗かせる。



「…とっとと帰るぞ、このウジムシめ」
「…ま、待って…ネウロ、え?い、良いの?」
「貴様は子猫用のミルクでも買ってこい」
「で、でも」
「それとも貴様の貧相な洗濯板から乳が出るのか?」
「出るかい!っつーか貧相な洗濯板って気にしてるんだからわざわざ言わなくても良いよ!」
少女の顔にも青空が覗く。
こんなことでウジウジ悩むな。
否定してやる。だから前をみろ。

















「たっだいまー!あ、アカネちゃんお湯…」
『お帰りなさい。お湯ならあるから弥子ちゃんも早く体乾かした方がいいよ』
「わータオル!ありがとうー!流石アカネちゃん!」
「遅いぞミジンコ。とっととミルクを寄越せ」
「………ってゆーか、あんたがドライヤー持って子猫に向けてると凄い違和感と恐怖だよね」
「よし、こちらに来いヤコ。我輩が乾かしてやろう」
「あっつぅ!なにこれ火炎放射機?!死ぬ!死ぬ!真っ白に燃え尽きる!」
「ジョーは良いからミルクを寄越せと言っているだろう、ノロマなウジムシ」
「あんたもへんな知識あるよね。あ、ヤバイ。これ哺乳瓶必要だった!忘れてたー」
「そんなノロマで雲丹以下の脳みそしかなくウジムシな先生の行動パターン等お見通しですよ」
「雲丹は高級なんだぃ!って、え?何その哺乳瓶。大丈夫なの?つーかあんたが買いに行ったの?」
「貴様に使おうと以前吾代に買わせていた」
(何に使うつもりだ?!)
そんな感情をありありと顔にはりつける
『はーい、猫ちゃん達のミルクが入りましたよー』
「あ、ありがとうー!」
「ヤコ、ヤコ。我輩にやらせろ」
「ダメ。あんたの凶悪な顔が子猫に移る」
「そんな、いくら先生の性格が凶悪で顔と胸が貧相だからってそんなに卑下なさらなくても」
「いたたたた!あ、あああアイアンクローか!っつーかまだ胸を言うか!貴様は!」
はしゃぐ二人は気付かなかったが、事務所のドアの中に下階の誰かさんからペットシーツの差し入れがあった。
窓を開けてヤコが直接お礼を言う。
「ありがとうー!吾代さん!」
下の階からはそっと「…うるせー」と言う返事だ。



人は、残酷になれる。
そして人はどこまでも優しくもなれる。
進化を、信じて。








End
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