激妄想Text※注意!

□海
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■出会い編



「さて、負け犬諸君。大人しく船室の宝と航海日誌を渡して貰おうか」
巨大な半月刀に着いた血糊を捌いてネウロが高々と言う。
「船長ー。こいつが敵船の船長みたい。水夫は全員雇われだ」
船など操れそうもない太った男がヒグチに引きずられてくる。
「名は」
「か、海賊風情に名乗る名など無い!」
「その格好、どこぞの国の貴族か。名乗るのと首と跳ねられるのどちらが好みだ?」
「…ヒッ」
血塗れの巨大な刃を突き付ければあっさりと男は「タケダだ」と答える。殺しはせんが宝は戴いて行く、とネウロが告げるとがっくりと肩を落とした。
「船長。積み荷は香辛料の類だ」
「使えそうな物は全て移せ」
「あー、あと。もう一つ積み荷が…」
ササヅカが言いにくそうにこめかみを掻くとそこから小さな影が飛び出した。ふわり、と甘い香りがする。
「殺してやる!」
その矛先はうなだれた男、タケダだ。すんでの所でササヅカが止める。
「ちょ、ちょっと君。待て」
「あんたたちがやらないなら私にやらせてよ!お父さんの敵なんだから!殺してやる!どうして、お父さんを!?うわぁぁぁぁぁ!」
錯乱して泣き叫ぶのは幼い少女だ。ぽつりとササヅカが耳打ちしてくる。
「あのタケダって船長、航海長として雇ったあの子の父親を殺したみたいっす」
するとタケダは狂ったように笑い出した。
「ふ、ふは、ふわあははははは!それだよ!父親を殺され、奴隷として売られ!悲しみ泣き叫ぶ顔が見たかったからだ!こんなつまらない船旅にそれくらいの娯楽は必要だろう?」
笑いつづけるタケダの声を掻き消すように少女は泣き叫ぶ。
「…サイテーだな」
忌ま忌ましそうにゴダイが唾を吐く。
「…どーすんだ、船長」
「いつも通りだ。奪うだけ奪う。水夫は雇われだと言ったな」
「ああ、クズ船長よりはこっちが良いって言ってるぜ」
「言葉は」
「ヒグチが何とか大丈夫だって」
「フム」
見ると少女は泣き付かれてぼんやりと水平線を見詰めていた。
「船も戴く。ヒグチとゴダイ、ユキを敵船に載せろ。水夫はこちらと半分に分けろ」
「理解。ユキに伝えてくるわ」
「で?こいつの処遇は?」
ちらりとササヅカの目線にはタケダだ。ヒューヒューと渇いた呼吸音はササヅカの高速蹴りが鳩尾に決まったからだろう。
くるりと少女を振り返る。
「悪いが殺しはせんと約束してしまったからな」
「…?」
ネウロはそう言うとタケダの襟首を掴みそのまま船の欄干に引きずって行く。

そして派手な水の音。

「木片でも与えてやれ」
言うとササヅカが適当に甲板を剥がし海に投げ入れる。
「や!約束が違うぞ!殺しはしないと!」
「死んではいないだろう。陸も近いし上手く行けば強つくばりの難破屋が助けてくれよう。いくら吹っかけられるか知らんがな。フカの餌になりたく無ければ少しでも陸を目指すが良い。航海長がいなくとも船の指針には迷わんくらいだから陸への航路くらいは解るだろう?」
「な、」
「出航するぞ。我が輩はトロイに戻る。娘を船長室に入れておけ」
帆をはった船首は向きを変え、木片を置き去りにしていく。







指示を終え船長室に戻ると部屋で少女がへたりこんだままだった。
「名は?」
「…ヤコ」
「貴様の父親は何故貴様のような子供を船に載せた?」
「…語学の勉強のために」
「その結果奴隷の仲間入りか」
「…」
「まぁ、良い。貴様の処遇は陸に着いてからだ。それまでは手枷は外せん」
「…うん…なんでも、良い…」
その腑抜けた声にネウロが苛立つ。
「貴様、」
しかしネウロの怒りがヤコに届く前に、可愛いらしい鳴き声が船長室に響く。
「…アカネ」
長毛の黒猫が真っ直ぐな尻尾をピンと立てて擦り寄って来た。
「船長室には入るなと…」
抱き上げようとする手をするりと抜けて猫はヤコの膝に乗り体を擦り寄せる。そしてペロペロと顔を舐めはじめた。
「…あったかい…」
そこがヤコの限界だった。
「…う、っうう、うぇ、ああぁ…」
小さな子供が泣くような声は、憎しみに彩られた甲板での泣き声よりもずっと悲痛で。
「…泣くな」
彼女が泣き疲れて眠るまで黒猫と碧の瞳をした血生臭い男が付き添っていた。







「…船長、…ちょっと…」
分厚いドアを控えめに叩くのはササヅカだ。
「何だ。飯か?」
「いえ、ヒグチから伝言で」
「ム?」
「一番近い港が…どうやらヒグチは言葉が使えないらしくて」
「何だと?あの糞餓鬼。語学が出来なければ非戦闘要員から外すぞ」
「あいつは元々航路とか水深計るのが好きな数学脳だから」
「船の現状は」
「痛み方が激しい。海賊稼業で奪った積み荷に水は殆ど無かった」
「水が無ければ人は動かん、か」
悩む仕種の二人に、か細い声がかかる。いつの間にか起きたヤコだ。
「…あの」
「なんだ起きたのか」
「ああ、なんか甘い匂いすると思ったら。って船長、手枷する必要あったのかい?」
「趣味だ。それより起きたならそこを退け。そこは我が輩の寝台だぞ」
「…あの、私、喋れます」
「貴様は床で寝…何だと?」
「この近辺の大体の言葉は喋れます。喋れないのはジパングとか辺境民族の言葉くらいで」
「…ヒグチを呼べ」
「…ああ」
やがて来たヒグチが色々な言葉で喋りかけるとヤコはスラスラと答えて見せた。
「見かけによらず、すげーな。ちょっと舌足らずで固めだけど十分通じるぜ」
「…ヒグチ、貴様はクビだ」
「ちょ?待って?航路は?」
「我が輩が解る」
「船長兼航海長ってきついしょ!俺も航海長兼通訳ってきつかったんだ!」
「…チッ」
「これで港に寄れるぜ!」
そう言うとどこから覗いていたのかゴダイや水夫達がわっと歓声を挙げた。陸ー!とか水ー!とか各々好きな物を叫んでいる。
「貴様等持ち場に戻らんと首を跳ねるぞ」
歓声は悲鳴に変わり蜘蛛の子を散らしたように皆逃げる。
よく解らないヤコはぽつんと船長室に取り残された。
「よかろう」
「…え」
「貴様を我が輩の奴隷兼通訳として雇ってやろう」
「…奴隷は変わらないのね」
「不満か」
「いいえ滅相もない」
沼底みたいな瞳で半月刀を首に当てられたら不満等言えなかった。黒猫がようこそ!と言うようにニャーと鳴いた。
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