単発文置き場
□白い窓
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寝入る手前、うつらうつらとした状態をどの位続けただろうか。
横たえた頭の下から階下で人の立てる物音が増してくる。
流れ旅の俺達など捨て置き、堅気の者達の日々がまた静かに始まろうとしていた。
こうしていると子供だった時分、親の背を追って荒れ畑へ暗い中を駆け出した事を思い出す。
顔も朧気な記憶しかない母がそっと起き出し、燠火から釜戸の火を取って湯を沸かしていた。
元より貧しかった家だが、この時期は特に食い物にも事欠く有り様だった記憶がある。
それでも少しでも子の腹を満たす為、母はまだ暗い中痩せた土を霜柱で盛り上げた畑へと、僅かな菜を採りに出て行く。
その時は一時でも家に一人残されるのが何故か辛く思われ、ぼろの布団を跳ね上げて母の背を追い掛けた。
生まれた家で過ごした最後の年の瀬、暮れには戻ると言って出稼ぎに出た父を待つ冬は、寒さが例年に無く厳しいものだった。
未だ朝知らず背を向けて眠る肩口に頬を押し付ける。
あの時の母はどのような気持ちでいたのだろうか。
俺の前では愚痴一つ溢さぬ人だったが。
きっと俺はその優しさを何一つとして引き継げてはいないのだろう。
こうしてこの腕の中の子供が、力を持て余し道を底暗い方へと進むのを止める事さえしない。
それもただ己の為、人を捨て切れない心が孤独に凍えぬ為に。
時に触れ合う事を許容され、だがそこから先へは足を踏み出せぬ懊悩に日々苛まれる。
その醜さを隠そうとも、窓を御座なりに覆う帳を透かし、ゆっくりと昇る朝陽の前には姿を晒すしかない。
願わくば。
凍り付いているであろう、窓の白さが霜の溶けて無くなるまで、それまではこの手で小さな眠りを守らん。