単発文置き場

□時計のハリ
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 夢うつつに燻る中の行程を思い返す内、これがここ最近あった事のあらましであるのに気付いた男は、鼻筋に皺を寄せながらジワリと瞼を押し開いた。
 男はその銀髪を常ならば残さず全て後ろへと撫で付けてあったが、寝崩れて今は幾筋かが乱れ額へと落ち掛かり、赤味の差した藤色の瞳の前で揺らいでいる。
 座した身は起こさず、薄暗がりの中で素早く瞳をグルリと巡らせ、肌に集中させた感覚に今いる部屋の壁一つ向こうの気配を探り当てるが、それがこの数ヵ月で否応無しに馴染んだ者だと知るやダラリと脱力し、再びその瞼を閉じた。

 片手に輪飾りの付いた鎖を絡め、もう片一方の手には黒く細長い円筒を手挟み微睡むこの若い男、名を飛段という。
 訳あって故郷を出奔し、紆余曲折を経た後常人ならざる身となり、今は得体不明の地下組織の構成員となっている。
 ろくに組織の目的さえも聞かず無理にでもと捩じ込んだせいか、それからずっと同行者に連れ回されるまま使い走りのドサ回りな暮らしが続いていた。

 生まれた里の境よりも外には滅多に出る事の無かった若者には、行く先々の見聞は何かもが真新しく見え、そこで交戦した様々な額宛の者達との殺し合いは誠に血の沸き立ち上がる経験であった。
 その道行きの同行者は何かと意見の合わず、不平も不満も有り余る相方であったが、それらの問題点を補って釣りが出る程に己を唸らせる手練れである。
 強さ、ただその一点のみこそに密かに憧れる程惹き付けられた。
 この狭苦しい借り居で機会を待ち、今は大人しくしているのも、相方がまた面倒な企みに首っ引きになっているが為だ。

 うつらうつらと半睡する男は取り留めもない思考の内に合点を得たのか、小さな笑みを口許に浮かべる。
 そろそろ身体を動かさねーと足腰鈍っちまうぜ、なぁ角都よ、と。
 
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