★長★

□Time after time【第4章】
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先日張り替えたばかりの畳はそ
の独特の干された藺草の匂いを
ただよわせていた。月は天上高
くに昇り、生けるものは寝静ま
り、夜は刻々と更けていく。
いつもは修行用に使われるその
部屋で青い蛙はきっちりとした
姿勢で、口を結び、目を瞑って
正座をしていた。
己の煩悩を捨て、無我の境地に
入る、そのつもりでここへきた
のだが――心は乱れ、渦巻く闇
は居座り続ける。そしてその闇
は時として燃え盛り、青蛙の胸
のうちを荒れ狂わせた。歯をギ
リリと噛み締め、握りしめた拳
の中では爪が肉にくい込んだ。
湧き上がる憤りという名の激情
が胸を締め上げ、思わず嗚咽を
もらす――。

「……くっ……」

全てを飲み込もうと深く息を吸
いこむと一思いに吐き出す。荒
い呼吸を繰り返し、そのまま伏
せられた目を更にきつく閉じた。

――……愚かな……

――僕はいつまでたっても
未熟者だ……

ふと風が揺れて肩にかかる布を
フワリとゆらす。と、同時にド
ロロは瞬時に目を見開いた。一
瞬にして凍った表情、青い瞳に
は冷たい焔が灯る。冷徹な眼差
しが一点に向けられた。氷のよ
うに固く凍えるような瞳をたた
えたまま、小さく息をつくと、
青い蛙は再びまた目をふせた。
背後に位置する入り口には人影
がうつっていた。その気配にケ
ロン軍精鋭部隊のアサシンであ
る彼は当然気付いていた、が、
微動だにせず、沈黙したまま瞑
想を続ける。

「クーックックックッ……」

背後の影は唐突に嫌みな笑い声
をあげる。

「優雅なもんだな…」

声の主――今、ドロロが最も会
いたくなかった人物は、薄ら笑
いを浮かべながら、言葉を続け
る。

「こんなとこで瞑想……
いや、妄想タイムかよ?」

「……」

「寝取られた相手想像して
一人エッチかい?」

「……」

「……確かに、
イイ体してたぜぇ〜
隊長は……クックッ…
あんたが御執心なのも
無理ねぇ――」


刹那、ドスッという音ともに放
たれた苦無がクルルの頭部の数
ミリ横の壁に突き刺さる、と同
時にその首は青い腕につかまれ
目の前では青く冷酷な目をした
男の愛用の小太刀が不気味にギ
ラリと光っていた。
クルルは喉をクッと鳴らし、
それでも薄ら笑いをやめずに絞
められた喉から声を発する。

「……物騒だねぇ……
アサシンは……」

氷の目でクルルを見据え、獲物
を捕らているアサシンは抑揚の
ない声で呟いた。

「……即刻ここより
立ち去られよ、
でないと拙者は……」

「でないと……なんだよ?」

「……」

「殺っちまうかい?」

ドロロは押し黙ったまま、動か
ない。クルルは再び嫌味な笑み
を浮かべ、声を上げて笑った。

「クークックック……
……気にいらねぇぜ……」

「……」

「ムカつきすぎて
反吐が出るぜぇ……
余裕かましてるあんたの
態度がなぁ……」

口元には笑みを浮かべたまま、
分厚い眼鏡の奥の瞳は青い瞳を
見据えていた。射抜くように黄
蛙を見つめていた青い目は、吐
き出すように言った。

「余裕などござらん」

互いに睨み合うように視線が絡
む。

「クルル殿を今この場で
切り捨てることなど、
拙者には造作もないこと、
だが……」

ドロロはクルルの首から手を離
すと、構えていた小太刀を鞘に
納め、くるりと背を向けた。

「拙者は……
隊長殿が泣く姿は
見たくない」

クルルは押さえつけられていた
首をさすりながら、小さく
「けっ」と呟いた。掴まれてい
た喉には赤い跡が残っていた。
我ながらよく声が出せたものだ
と思いながら、咳き込んでしま
いたい衝動を必死で抑える。何
の得にもならない意地だと思い
クルルは内心苦笑いする。喉を
詰まらせながらも、ニヤついた
表情をうかべ、クルルは声を絞
り出した。

「……大事なら……
泳がせてるんじゃねぇよ…」

「……」

「……隊長は……あいつは……
すぐ流れるんだよ……」

「……」

「綺麗ごといってねぇで
つないどけ」

抑えきれなくなった咳をゴホっ
と吐き出すと、クルルは戸口の
ほうへと向かった。そして去り
際に立ち止まり、背を向けたま
ま言う。

「覚えときな、全部……
俺があんたのことが
大嫌いなこともな」

そういい残すとクルルは笑い声
を響かせながらその場を後にし
た。ドロロは消え去っていくク
ルルの笑い声を聞きながら、み
えない先を探すように宙を見つ
めていた。
 

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