拍手お礼ストーリー
□肉の日
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3月1日ー
ピンポーン♪
食器が笑う音と軽快に野菜を刻む歌の中、
木之本家に来客を告げるチャイムが響いた。
『…はい、』
誰も玄関に駆けつけないところをみると、どうやらキッチンでは来るべき時に備えて、さくらたちがいまだ大奮闘中のようで。
桃矢はちらりそちらに視線を投げてから、玄関の扉を開けた。
『…こんばんは、トーヤ』
『ユキ、』
月明かりを背に、何やら大きな紙袋を持って立ってたのは、相変わらず柔らかい笑みを浮かべた月城雪兎だった。
『まだ夕食の時間には早いだろ?』
『うん、
でもね、早くトーヤにこれを渡したくって。』
そう言って雪兎は、手にしていた紙袋を手渡した。
『お誕生日おめでとう、トーヤ。』
『…この歳になって誕生日を祝ってもらうとはな、』
軽く憎まれ口を叩くのは、照れ屋な彼がみせる、嬉しい時の表現であることは雪兎も十分承知のことであった。
『…今年も、トーヤの誕生日、祝うことができて嬉しいよ、』
『…年寄りくさいこというな。』
ふん、桃矢がそっぽを向いて鼻を掻く。
『…まあ、年寄りっていえば年寄りなんだけどね、』
靴を揃えた雪兎がさらりと答えた。
その笑みの中に、あの頃の寂しさは見当たらなかった。
桃矢のそばが自分の居場所だとわかっているから、そんなことも言えるのだ。
『…これは、何だ?』
桃矢は手渡された紙袋がホカホカ温かいのに気づくと不思議そうに覗きこんだ。
『今日ね、ずっとトーヤのプレゼントを何にしようか悩んでいたんだ、
2月29日という数字を何度も何度も唱えたんだ。』
『ああ、』
得意げに話し始めた雪兎を、柔らかな眼差しで返事をする。
『29日、29日、29日、29日、29日…
そしたらね、』
雪兎の、眼鏡の向こうにある瞳が輝く。
玄関の柱に体を預けていた桃矢は、思わず話しにのめりこみ、うんうんと相づちを打った。
『…月が、』
『月が…なんだ?』
もったいぶった話し方に、少し苛立ちを覚えた桃矢は、早く続きを話せとばかりに雪兎の顔を覗きこむ。
『夜空に浮かんだ月がね、まんまるだったんだ。
29日、まんまるお月様、29日、まんまるお月様…
あ、そうだ!誕生日プレゼントはあれにしようってね、』
見てみて!これだよ、
心底嬉しそうな雪兎が桃矢の持っていた紙袋から、ぽん、と白くて丸いものを取り出してみせた。
『…肉まん!!』