拍手お礼ストーリー

□愛妻弁当
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『…う、うまいか?』
小狼くんが机から身を乗り出して、私の顔を覗きこむ。

…それは大きな一口を運んだ後、私が黙りこくったのが原因。
心配色した瞳の小狼くんは、私の、次の行動をどぎまぎとした表情で見守る。


こくん…
一言飲み込んで。

私は、いつものように自然と頬が緩んだ。

『はにゃ〜ん、すんごく美味しいよ、小狼くんっ!』

…―新学期初日。
すっかり午前授業だと思っていた私は、空っぽの鞄を覗きこんでため息をついた。
―おこづかい日前のお財布には、小さな小銭だけ。

知世ちゃんはコーラス部の昼練、千春ちゃんと利佳ちゃん、奈緒子ちゃんは職員室。
珍しく一人になったランチタイムには、何もない机と頭を付き合わせる。

『お腹、すいたよ〜…』
さっきから、お腹の虫が大合唱。
ああ、こんなことなら、朝ごはんにもう1膳食べておけばよかった…
お兄ちゃんにからかわれて、出したお茶碗を引っ込めた手が恨めしい。
『はう〜…』

頬に机の冷たさを感じながら、私は眉をハの字にした。

…仕方ない、きっとお家に帰ったら、おやつがあるだろうし…
私が大きなため息をついた時、頭の上から声が降ってきた。
『…もうお弁当食べたのか?』
見上げると、緑色のお弁当包みを下げた小狼くんが立っていた。

ごくり…
私の喉が鳴る。

『…しゃ、小狼くぅ〜んっ』
『…さ、さくらっ!?』

急に抱きついた私にぎょっ、とした小狼くんは、耳まで真っ赤にしてあたふたしていたけれど…
私は、小狼くんの持っていたお弁当から目が離せなくて…そんな様子には気がつかなかった。

…―
中庭の、小さなテーブルで。
小狼くんのお弁当に、ニコニコ顔の私。
小狼くんはパンをかじっていて。

じ〜、私の顔を見ている。

…事情を聞いた小狼くんが、それならこれを食え、渡してくれたお弁当包み。

私には、キラキラして見えて。
ありがたく受けとることにした。
黄色い卵焼き、からりと揚がった春巻。小さなサラダに炒飯。

どれもこれも、お弁当箱にきれいに座っていて、食べるのがもったいないくらい。
『小狼くんっ、すんごく美味しいよ〜』
『そうか、それはよかった。』
小狼くんが頭をかく。
そして、私が食べる姿をまばたきもせず、じい〜と見つめる。

『ほえ?…なんかついてる?』
私は口の回りをごしごし拭いた。

『いや、その…』
『ほえ?』

『おまえ、本当に幸せそうに食べるなあ、って思って…』
小狼くんがそっぽを向いてそう言った。
『わ、私…そんなニヤニヤして食べてたかなあ…』
『いいや、そうじゃなくて…』
『ほえ?』
ちょっと大きめの、塗り箸を握り、小狼くんの言葉を待った。

『…さくらの、美味しい顔をずっと見ていたいな、て…』

ずっと、が―

近い未来のことを指していることに気づいて。

…目に映るビジョン。
ダイニングテーブルに、エプロン姿の小狼くんと私と。…小さな男の子。

私たちの家族―?

ぼっ、頭から足の爪先まで熱くなっていくのを感じた。

『…う、うんっ、私も…』
ずっとずっとあなたの作る美味しいお料理を一緒に食べたいな…

…なんて、
いえたらいいのに…

小さな焼売を口に運んだばかりの私は、
噛めば噛むほど広がる焼売を味わうのに必死でそんな言葉すらも一緒に飲み込んでしまった。


fin
2009〜

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