大人向け
□夏服
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このところ、毎日のように強い日差しが照りつける。
夏の香りを運んでくる暑さに生徒たちは顔をしかめたが、6月に入り、ブレザーの代わりに夏服に袖を通すと、やっと手に入れた爽やかさにホッと息をもらした。
―…
『…おまえ、何してんだ?』
下の方から、聞き慣れた声がする。
『あ、小狼くんっ…』
真新しい夏服をひるがえし、ダンボールを抱えて踏み台に上がったままのさくらは、とほほ…と、眉を下げていた―
―図書室の隣りにある、理科準備室。
放課後、日直だったさくらは、担当教師に指示された理科の実験ファイルをもって、この理科準備室の引き戸を開けた。
普通の教室よりも、3分の1ほど小さいこの部屋には、理科の実験で使う器具がたくさん置かれている。
窓側にならんだ、三角フラスコに大小さまざまなビーカー。
円盤型になっている観察用の星座表が無造作に置かれ、端っこには水槽の中で金魚がぷかぷか泡を吹き出している。
さくらははじめ、棚の上にあるダンボールを除けてから、その下にあった「提出物」とかかれたカラーボックスにクラス分のファイルを入れようとした。
ところが、取り出したダンボールが意外と重くて、そのまま置くことも戻すことも、出来ない。
(ほえ…)
踏み台の上で、身動きが取れなくなる。
何が入っているか分からないが、薬品のにおいが鼻についた。
危険なものをわざわざここに置いてないとは思うが、万が一落としたり壊したりしてしまったら―
そう思うと身動きが取れなくなる。
手も足も出ない状態のさくらが、だいぶ長い時間重い荷物を抱えて悩んでいるときに、図書室に行こうとした小狼が通りかかったのである。
―小狼も、さくらが今日は日直だということは知っていた。
掃除の後、自分のクラスに入る前にちらりとさくらのクラスに目をやる。
そう、誰にも気づかれないように。
…今日はまだ、さくらを見ていない。
たった1秒もない、このほんの一瞬に、さくらの後ろ姿でも垣間見ることができたら、それだけで、小狼はなんともいえない幸福感に包まれるのだが。
…どうやら、今は教室にいないらしい…
代わりに、黒板にある文字にどきっとする。
“六月一日 (月)日直 木之本 ”
(どこかで、日直の仕事をしているのか…)
日直の雑務を終えた後、ごめんなさ〜いっと息を切らしながらかけてくるさくらの顔が横切り。
必ずさくらが探しにくる、いつもの図書室へ。
小狼は、鞄から昨日借りた考古学の文献を手に、教室を後にした。