オハナシ
□おうちへ帰ろう
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『この辺でいい、ですか?』
大きな木の上に立つ小狼が、かしこまった敬語で下にいる人物に尋ねた。
いいですよ、優しいまなざしで返したその人の傍らで、はちみつ色の髪がぴょんぴょんと飛び跳ねた。
『小狼く〜ん、大丈夫?』
『だ、大丈夫だ、』
小狼くん、といわれて何だか気恥ずかしいのは、変わらずニコニコしているその人がいるからかもしれない、
小狼はふわり木の枝から飛び降りると、ふいと視線をそらした。
桃矢や雪兎とも違う、
小学校の時の担任だった寺田とも違っている、ずっと大人の男性―
木之本藤隆の存在に、小狼は中学生になった今でも動揺を隠せないでいる。
香港から戻り、さくらの家に出入りするようになってずい分経っているが。
いつも藤隆に会うたびに、どんな顔をしていいかわからない。
なにより自分には、父親、という存在がないにも等しいのだから。
『ありがとう、小狼君。』
柔らかいまなざしのまま、藤隆が感謝の言葉を口にする。
『あ、いえ、』
それが年下とか子どもとかそんなこと関係なく、敬意を払った言葉の響きだったので、小狼は目をそらして顔を赤らめた。
『小狼くんのおかげで、すってきな巣箱になったよ♪』
「鳥のエサ」と書かれた紙袋を持って、さくらが微笑んだ。
木の上から見下ろしていて気づいたことだが、さくらのはちみつ色の髪と藤隆の髪の色はよく似ている。
そして、微笑が浮かぶ、そのまなざしも。