オハナシ
□Stand by Me
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『春が来た 春が来た どこに来た〜♪』
はあ〜、白い息を吐いたさくらが、制服のスカートをひるがえして小狼と帰り道を急ぐ。
春休みに入り、新1年生を迎える準備のため学校に呼び出されたさくらと小狼は、ほとんどの用意を済ませ、後は明日の登校日に仕上げをすれば終了だった。
明日から4月、
残りわずかになってしまった春休みを、何をして遊ぼうかと胸が躍る。
『山に来た 里に来た・・・』
『その歌、』
・・・聞き覚えのある日本の歌。
単純な繰り返しと、分かりやすいテンポ。
小狼は思わず、嬉しそうに歌うさくらに問いかけてしまった。
『ほえ?・・・春が来た、ていう歌だよ。
・・・今年は、春が来るのが遅いよね、
お父さんもこんな春ははじめてだって、』
そう言って覗き込んできたさくらの瞳にどきまぎしながら、小狼が目をそらした。
『ああ、そうだな』
心当たりに、眉をしかめた小狼だが。
『野にもきた〜♪』
さくらの音色に、
なぜだろう、
なんとなく懐かしい・・・。
小狼がふっと笑みを浮かべる。
『・・・よかった♪』
『・・・え?』
思いがけないさくらの言葉に、小狼はちらりと声の主を見た。
『・・・ううん、なんでもないっ、』
そういって少し歩くスピードを速めると、寒空を見上げて歌を口ずさむ。
『花が咲く 花が咲く どこに咲く〜♪』
―音の響きに耳を澄ます。
遠い記憶の中にある、春のうた。
・・・思い出すのは、
青く湿った空と、柔らかな春の陽射し。
『・・・っ!』
言いかけてのみ込んだ言葉と光の切なさに顔をしかめる。
伸ばした手の先にあったのは、無数に舞い上がる白い羽根―
『・・・どしたの?』
気がつくとさくらが目の前で小首をかしげていた。
『・・・いや、別に、』
『小狼くん、ぼおっとしていたから、』
『そうか?』
『うん、何か考え事?』
考え事、というよりも・・・
小狼が顎に手を添え眉を寄せた。
何か忘れているような・・・
記憶を呼び起こすが、なにも見つからない。
『・・・いや、なんでもない、』
そう?さくらが不思議そうに瞳をぱちぱちさせていた。
大切な人の上に広がる空には、今だ寒々しい雲が広がっていて。
立ち止まった小狼は、強いまなざしで遠くの景色を睨んだ。