オハナシ

□Summer Vacation!
12ページ/36ページ

キュ、サイドブレーキをあげると、桃矢が振り返った。

『・・・着いたぞ』

『わあ〜いっ♪』

さくらは、一番先に車からかけ降りると目の前に広がる、品のよい白いペンションを見上げた。


…2階建ての小さな家の後ろには、大きなブナの木が、絶妙なバランスで心地よい木陰を作りだしている。

入り口からテラスにつながるウッドデッキは、長い間大切に使い込まれた優しい樹の色をしていて。
同じような木々が重なる窓辺からは、洗いたてのような白いレースのカーテンが、お客様の到着を歓迎した。

どこからともなく、焼きたてパンの香ばしい香り。
中から聞こえてくる、カチャカチャと品の良い食器の音が、夕食のメニューを知らせてくれていた。

さくらはわくわくした表情を浮かべ、麦わら帽子を外すと、厚みのある木の扉を開いた。



―少し部屋で休んでいる、そう言った桃矢と雪兎をペンションに残して、さくらと小狼は外に飛び出した。

365度見回しても、そこには緑、緑、緑―

いや、一つも同じ色がない。
様々な緑が重なりあい、奥深い緑が彩り、そこは森と呼ばれる空間があった。

『行こ、小狼くん♪』さくらは麦わら帽子を深くかぶると、後ろも振り返らずに走り出した。

草の茂った足場の悪い小路をどんどん抜けていく。
小狼は、ついさくらのペースに巻き込まれ、一緒に走り出した。

小狼の視線の先を、幾つもの緑色が通りすぎる。

今、この場所に自分たちしかいない…―

小狼はそう気づいて、胸がきゅんと苦しくなった。

『小狼くん、こっちこっち!』

木漏れ日に瞳を耀かせて、さくらはやっと小狼を振り返った。

『…みて♪川があるよ!』

ガサッ…

さくらが指した先に、美しい渓流が姿を現した。
『…よくわかったな。こっちに川があるのを知っていたのか?』

すると、へへっと鼻をかいてみせて、

『なんとなくっ、』
さくらは肩をすくめて笑った。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ