オハナシ
□Summer Vacation!
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キュ、サイドブレーキをあげると、桃矢が振り返った。
『・・・着いたぞ』
『わあ〜いっ♪』
さくらは、一番先に車からかけ降りると目の前に広がる、品のよい白いペンションを見上げた。
…2階建ての小さな家の後ろには、大きなブナの木が、絶妙なバランスで心地よい木陰を作りだしている。
入り口からテラスにつながるウッドデッキは、長い間大切に使い込まれた優しい樹の色をしていて。
同じような木々が重なる窓辺からは、洗いたてのような白いレースのカーテンが、お客様の到着を歓迎した。
どこからともなく、焼きたてパンの香ばしい香り。
中から聞こえてくる、カチャカチャと品の良い食器の音が、夕食のメニューを知らせてくれていた。
さくらはわくわくした表情を浮かべ、麦わら帽子を外すと、厚みのある木の扉を開いた。
―少し部屋で休んでいる、そう言った桃矢と雪兎をペンションに残して、さくらと小狼は外に飛び出した。
365度見回しても、そこには緑、緑、緑―
いや、一つも同じ色がない。
様々な緑が重なりあい、奥深い緑が彩り、そこは森と呼ばれる空間があった。
『行こ、小狼くん♪』さくらは麦わら帽子を深くかぶると、後ろも振り返らずに走り出した。
草の茂った足場の悪い小路をどんどん抜けていく。
小狼は、ついさくらのペースに巻き込まれ、一緒に走り出した。
小狼の視線の先を、幾つもの緑色が通りすぎる。
今、この場所に自分たちしかいない…―
小狼はそう気づいて、胸がきゅんと苦しくなった。
『小狼くん、こっちこっち!』
木漏れ日に瞳を耀かせて、さくらはやっと小狼を振り返った。
『…みて♪川があるよ!』
ガサッ…
さくらが指した先に、美しい渓流が姿を現した。
『…よくわかったな。こっちに川があるのを知っていたのか?』
すると、へへっと鼻をかいてみせて、
『なんとなくっ、』
さくらは肩をすくめて笑った。