オハナシ

□小狼♪Birthdayメモリアル♪
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 『一番はじめのプレゼント』

『一番初めにもらったプレゼント?』

…うん。

春に咲く花と同じ名前の少女は、ハチミツ色の髪をさらさらなびかせて、こくり、とうなずいた。

―空は相変わらずの曇り模様。
今日から7月だというのに、夏の日差しはいまだ姿を現さない。

小狼とさくらは、今日はかろうじて登場しなかった傘を下げたまま、いつもの帰り道を歩く。

小狼はさくらからの質問に、う〜んと腕を組んで考え込んだ。
適当に、忘れたとか答えておけばいいものを、真剣に考えるところは、彼の生真面目さの表れだ。

きっと、彼の親友なら、いつもの法螺をはいて、上手いこと煙を巻くだろうに。
『…最近、じゃないよ、子どものときのこと。』

ああ、小狼は、香港に思いを馳せながら、少し上の空で返事をした。

モヤモヤと霧がかった記憶の中にあるのは
…抜けるように青い空。

鼻につく海の匂い。

―連れ出してくれたのは、アイツ…

小狼は、あ、と声をあげた。


セピア色のあの頃が、糸をたぐり寄せるかのように、ゆっくりとよみがえってくる。




…―その坂道の上からは、香港の海が一望できた。

湿った、でも慣れ親しんだ風に体をさらす。
一呼吸、二呼吸、胸いっぱいにつめこんで。
小狼は新しい相棒に声をかけた。

『…行くぞっ』

そいつは軽快に返事をしてから、小狼とともに坂道を滑りおりた。

―どんどんスピードが増す。
周りの景色があっという間に、小狼たちの後ろに去っていく。
鮮やかな看板の色たちが、その速さについて行けず…
混じりあって、まるで印象派の絵画のようだった。

―あまりのスピードに、腕が震えた。
でも同時にワクワクする。

おい、大丈夫か、小狼は相棒に声をかけるが、何も答えない。
小狼は、ムっとした。

…連れ出して、とせがんだのは、オマエじゃないか、そう言った小狼に。

―だって、アナタが行きたそうな顔をしていたから。

そう、皮肉めいた笑い声が聞こえたような気がした。


坂道の下まで降りてきたら、目の前に海がぶつかった。

観光客で賑わうハーバーで、小狼は、はあはあと息を整えて、そのままぺたりと座り込む。

よくやった、自分へのねぎらいの言葉と、見上げたら青い青い空―

いつもと変わらない、

潮の匂い。


そうだ、オレは一人で…

飛び出してみたかったんだ。

この自転車と―

大きく息を吸って、呼吸を整えてから若草色の新しい自転車をぽんぽんと撫でる。


今年の夏は、こいつとどこに行こう―

小狼の小さな胸は冒険心で溢れていた。
…―

『ほえ…』

珍しく昔話を始めた小狼を、まばたきもせずに見つめるさくらに。
はっ、と小狼が気づく。

珍しく感傷的になってしまった。
小狼はあわてて髪をかき上げてそっぽを向く。

『おそらく…その自転車が、物心ついてから一番初めにもらったプレゼントだ。』

『…素敵な思い出だね♪』

さくらが先を歩いて、くるり、振り返る。

『…今度の小狼くんの誕生日、サイクリングに行こうよ♪』

『…え?』

『お兄ちゃんと雪兎さんに自転車借りて♪』

そして、光が射す空を見上げてさくらが言った。

『私も、小狼くんと風になりたいな…』

さくらの視線の先には、雲の隙間から青い空が少しだけ見えていて…


小狼はあの時と変わらないその抜けるような空の色を、このいとしい少女とみたい、そう思った―
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