オハナシ
□小狼♪Birthdayメモリアル♪
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『おはよう』
無造作にひいたカーテンから射し込む朝の清々しさに、さくらは重い瞼を開いた。
キラキラと舞う光の粒のスピードが、その空間の静けさを物語っていた。
シンプルだけど触り心地の良い、若草色のカーテン。
持ち主が丁寧に使い込んでいるであろうデスクと椅子は上質な出で立ちで、そこに佇む。
(ほえ…)
長いまつ毛をこすり、まだ夢から醒めきれていないさくらは自分の居場所を確かめる。
視線を落とすと、ベッドの脇に脱ぎ捨てられたカラフルな服の渦。
それが、昨夜自分が着ていたパステルピンクのワンピースであり、それと混じりあったシックな色たちが、もう一人の存在を知らせる。
(はうっ…)
そうだ、昨日は…小狼くんのおうちに…お泊まり、したんだ…
小狼くんの誕生日前夜。
0時を過ぎて私がいっちばんに、おめでとうっ!て言ったら。
小狼くんが…
覆い被さってきた影を思い出す。
聞いたことのない自分の声も。
甘い小狼の味も。
その事実に、さくらは一気に夢から現実に引き戻された。
見上げた天井も、いつもと違う。
あわてて胸まで引き寄せたシーツの感触さえも。
いつもの、自分の部屋のものたちとはまるで違う。
…ただ、この部屋に入ってきた時は小狼の、ひなたの匂いがしたのに…今はその空間を自分の匂いが漂う。
背中に安らかな呼吸を感じる。
規則正しく、
吸って、吐いて。
穏やかな海で、寄せては引いていく波の音のように。
(は、恥ずかしくて振り向けないよ…)
さっきから寝転んでいる自分の後ろで繰り返される安らかな寝息の存在を思う。
そして昨夜、狂おしいほど愛した同じ人物だとは到底思えない。
さくらは頬がぷしゅ〜と熱くなるのを感じた。
(…まだ寝てるよね?)
壁にかけられた時計は、まだ朝やけの時間を指している。
長針と短針から戻した視線。
柔らかい、でもしまっている筋肉を。
枕にしていたその先に、軽く握りしめた大きな手―
(小狼くんの、手・・・)
さくらは、はにゃん♪と微笑む。
昨夜の情事を思うと、面と向かって彼の顔を見ることができない。例え寝顔だとしても。
代わりに、と、さくらはちょっと視線をあげて、小狼の手を、じぃと見る。
太い指も、爪も、手のひらさえも、自分とはまったく違う。
これが愛するヒトの手だと思うと、小さなささくれも指紋の形すらも、いとおしくみえた。
(でも…昨日はもっと湿っていたような気が…)
今はまったく水気すら感じられず。
さくらは首を傾げた。
―ふいに。
後ろから、強く抱きすくめられる。
『ほぇっ!』
『…さっきから何してんだよ、』
小狼の声が頭のてっぺんから降ってくる。
『…おっきな手、だなあって』
今日、はじめて出した声が、いつもよりもかすれていたことにさくらは驚く。
大きい声を出しすぎてしまった時のようで。
昨夜の、自分で出したことのないアノ声を思い出す。
―まだ寝ぼけまなこの小狼が、さくらの背中に顔を埋める。
はう…
その熱い吐息に、とろけそうになるのを感じながら、さくらは背中に向かって言葉を投げかけた。
『お誕生日おめでとう、小狼くん』
『…昨日、聞いた』
『な、何度でもいいたいよ、だって…』
さくらが抱きすめられている背中を丸めて言った。
『…さくらが、誰よりもいっちばんはじめに、小狼くんにおめでとうっていいたいんだもん、』
―急に、小狼が上半身をあげた。
さくらは強い力でそのたくましい腕の下に組み敷かれた。
『小狼くん…?』
熱い潤んだ瞳が、まっすぐに自分だけを見つめている。
『…何度でも言ってくれ、…さくら、』
何度味わっても足りない、さくらの甘くてとろけるような唇を、小狼のソレが捕らえた。