log・小話2

□雨降りに恋10題
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こんな雨の日には



 思えば、彼とふたりきりになる機会が訪れるのは、決まって雨の日だった。
 晴れてしまえば部活で顔を合わせるのがやっと。騒がしい連中に囲まれて、熱心な後輩の視線に追われて、ついでに物言いたげな先輩の視線にまとわりつかれて。忍足でさえ、ひとりになることは校内では難しい。ましてや、更に忙しく役職に励んでいる上に人目を惹かずにいることができない跡部に、一対一で相対することは不可能に近かった。
 ただ、雨の日だけは違ったのだ。

 初めてその場所を見つけたのは、一年の六月。まだ入学して二ヶ月の、梅雨の真っ只中だ。

 雨が降っていた。
 激しくはなく、世界の音を吸い込むような。




 屋内の空気までやたらと湿っぽく、床を踏む上履きが甲高い音を立てる。濡れているわけではないので、滑りはしない。図書室へと続く廊下は人通りが少なく、やたらと自分の足音が気になった。
 今日の部活は屋内のジムで基礎トレーニング。
 ついさっき、昼休みになった途端、そう連絡を回して来たのは岳人だった。さぁ一緒にサボろうと手ぐすねを引いているのは分かったが、忍足は曖昧な返事で濁した。
 跡部はどうするだろうかと、思ったのだ。
 ジムでのトレーニングならば自主練の方が余程効率がよい。跡部にとっては。ただ、部長としての熱心さも知っているから、真面目に監督をしに来るかもしれない。
 そう、あの頃は、彼はまだ生徒会長ではなかったから。テニスに全力を捧げているのはよく分かった。
 何がそんなに跡部を駆り立てるのか、実のところ忍足には理解できていなかった。忍足を、ガラにもなく勤勉に部活へと向かわせるのは、間違いなく跡部の存在だったが。
 こんなに、勝ち負けにこだわる毎日を送ったことはない。こんなに胸が踊ったことはない。
 もっと、苛立ったり悔しかったりするものだと思っていた。それが嫌で、振り回される自分が滑稽で、何かに夢中になることから顔を背けていたけれど。
 案外と、楽しい。毎日何かしら新発見をしている気分だ。
 そんな気分を分け与えてくれた当人は、一体何を求めて己を削り続けているのだろうか。忍足のように呑気なものではないだろうと思う。
 跡部から目を離せなくなった理由は、まずはそこだ。



 雨の日には、決まって思い出す。
 とにかく静けさを求めて目指した図書室で。考えるつもりがなくとも頭の中を占拠するその姿を、人目を忍ぶような片隅に見つけた日のことを。
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