あなたに求める5つのこと

□抱きしめて
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どうも梅雨入りしたようで毎日雨が降っている。
今日も昨日同様、しとしとと地面や木々を濡らしている。
新緑だった葉も色濃くなり、夏へのカウントダウンが始まった。
にもかかわらず雨のせいか、肌寒い。
兄さんはリビングの隅に置いてある、木造りの小さな椅子に座り、頬杖をついて窓の外の雨をつまらなさそうに眺めていた。
膝の上には読みかけの分厚い本。

「兄さん、紅茶入ったよ?お茶にしよう」
「んー…」

上の空な返事が返ってくる。
普段は猫みたいな兄さんだけど、今日は雨で散歩に行けない犬みたいだ。

「今日はレモンのタルト、作ったんだよ。兄さん、好きでしょ?」

レモンの甘酸っぱいタルトに砂糖の入っていないダージリンは良く合う。
冷蔵庫に入れて冷やしてあった、タルトの乗っている皿を取り出す。
黄色の、艶々と輝くタルトは、ボクの自信作だ。

「お、旨そう」

兄さんが手を伸ばしタルトを一つ、掴み取り口に入れる。

「もう!まだお皿に出してないでしょ!?行儀悪いなぁ!」

タルトを一つペロリと食べた兄さんは嬉しそうに言った。

「アルは料理の天才だな!すっげぇ、旨い!」

そんな顔されたら怒れなくなっちゃうじゃないか…
もう一つ、と再び伸ばしてくる兄さんの手をペチンと叩いてから、食器棚を開けお皿を2枚出してタルトを乗せる。
せの横に生クリームを絞り、ミントを乗せる。
ここまでして“料理した”っていうんだよ、と心の中で叱咤する。

「はい、どうぞ。っていうか、まだ食べる気?」
「食うよ。一個じゃ、足りねぇ」

これだけ食べてるのに、背は伸びないんだよね。
今度は表に出さず、こっそり笑う。
兄さんはナイフとフォークを使って丁寧にタルトを切っている。

「アル」

兄さんが手招きしてボクを傍へ呼ぶ。
ぐぃっと頭を捕まれ、唇が重ねられた。
兄さんの口からタルトがボクの口へ入る。
レモンの爽やかな酸味が口内に広がった。

「旨いだろ?」
「うん」
「紅茶飲んで温まったら…」
「温まったら?」
「その…なんだ、」

もじもじしながら真っ赤になって俯いた。
兄さんの、言いたくても自分からは言えない言葉をそっと耳に囁いた。

「飲んだら、寒いからベッドへ行こうか」

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