頂きもの(小説/漫画)

□紬〜つむぎ〜
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春も近付き、暖かさを強める日のことであった。

屋外のうららかな気配とは別に、忍術学園6年は組担当教師の自室はどこか張り詰めていた。
各々の机に並ぶ黒い忍び装束の1人、山田は手にある湯飲みの温い茶をすする。
「戻りませんなぁ」
ぽつりと零す声に、その背中向かいに座る同僚、土井の筆の動きがふいに止まるが、口を開く気配はない。
「まったく、どこで道草を食っているのか…」
答えぬ相手を置いて、山田は茶を一気に飲み干した。
最後に苦みを持った茶葉が喉を通る。
相変わらず同室者は無言のままだ。
この時期いつも訪れる緊張感であり、己にも心配やら焦燥やらはあるが、同僚のピリピリ感は並大抵ではない。

暫し沈黙し間が持たなくなったのか、山田がお茶のおかわりをと立ち上がった時、部屋の戸が開けられた。
見ると、事務の小松田がいつものホカホカとした人の良い笑みを浮かべて立っていた。
「失礼しま―す」
「声は、戸を開ける前に掛けるもんだぞ…」
山田は思わず苦笑し、湯飲みを机に置きつつ聞いた。
「どうしたんだ?」
改めて尋ねると、小松田は「はい」と返事をし、部屋へと入る。
事務方が教師の自室を訪ねることは珍しくないが、気を効かせてお茶のおかわりを持って来たわけでもなさそうだ。
「先生たちにお手紙が来てますよ」
笑顔のまま小さな文を差し出す小松田に、山田は思わず身構える。
(暫くうちに帰ってないからなぁ…)
山奥に独り残している愛しの妻を思い浮かべる、が。
「…今、“先生たち”と言ったか?」
「はいっ。山田先生、土井先生、両先生宛です」
差し出された文には言葉通り、二人の名が並んでいた。
「珍しいな…」
先程とは異なる不穏な気配を察した山田が、眉をひそめた。
やたら小さく折り畳まれ端がくしゃくしゃな手紙を受け取り開く。
「半助っ」
すぐに声を上げ、呼ばれた土井が漸く顔を上げる。
次いで文へ向けると、至極アッサリとした文字が土井の目に入って来た。


『此を持って
 課題達成の証とす

       きり丸』


今まさに頭に浮かんでいた問題の種からの伝言に、目を見開く。

文には、少し厚みのある薄紙の包みが添えられ、開くと中には古びた小銭が2枚並べられていた。
書かれた文をもう一度眺め、土井がさらに眉間のシワを深くした。
「どういうことでしょうか?」
それに山田も眉を寄せる。
「きり丸の卒業試験の課題は、確か…」
「コガネニカワタケ城忍者隊隊長の趣味で集めている古銭を奪ってくることです」

今、忍術学園の6年生たちは、卒業試験の真っ最中であった。
卒業試験には、個人毎に実戦的課題があてられている。
それを成して、卒業の資格を得るわけである。
試験の期限は明日の昼。
合格にしろ不合格にしろ、現在殆どの忍たまが試験を終えている。
6年は組で戻らないのは、件の手紙の主だけであった。
「もしかして…」
山田は虚空を見上げながら、腕を組んだ。
「この同封された小銭は課題に出された例の古銭で、“此を持って証とする”と言うことは、本人は課題だけ成し、卒業式には戻らないと言うことじゃないのか?」
「まさかっ!?」
それに土井が床に手をつき声を上げた。
「つまり、古銭を奪うことには成功しているわけでしょ!?試験合格を目前にして戻らない理由があるんですか?」
「怪我をして動けないとか…」
それに土井が眉を寄せ言葉を呑む。
「実は課題に失敗して間に合いそうにないから、代わりにこのお金で許して〜てことじゃないんですかぁ?」
「小松田くん、まだいたのか…」
土井がげんなりと呟くが、そのまま事務員は話し出す。
「あ、もしかしたら、これきり丸くんの手紙じゃないとかじゃないですかぁ?」
「…どういうことだ?」
「トラブルメーカーのは組のきり丸くんですよ?
何かにまた巻き込まれたとかでぇ、そんでもって誰かに捕まって、その誰かが忍術学園を騙すために嘘の手紙を寄越したとかですよ」
「この字は間違いなくきり丸のものだ」
6年間もの間、教科担当として見てきた土井は確信を持って言う。
「そもそも手紙は誰が届けたんだ?」
「はい、ハトですっ」
「鳩?」
山田が訝しげに眉をひそめた。それに土井は思案する様に虚空を見上げる。
「おそらくそれは加藤村の鳩です。学園を帰巣とする鳩を団蔵が何羽か仕込んでいました。
クラスには忍務の時に、借りている者も何人かいます。きり丸もたまに使っていたようですし…」
「では、これがきり丸の送ったもので間違いないと言うことだとすると、きり丸は自らの意志で戻らないと言うことか?」
「………」
試験の後、学園長から渡される卒業証書を手にすることが、忍たまたちの誉れであり、自身の技量の証明となる。
その卒業式に出ない意図は――



 
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