◇ ◆ 茶 恋 詞 ◆ ◇
31件
【Arya】
力強い尊厳
「急ですいませんが、手伝いに来て貰えませんか?」
激混みで、大変なんです――携帯が切れた。僕、ああいうの本当、不得手なのに…苦手は、他にもあった。
ティエリ=モレロ氏(通称アイバー)は、飲食チェーン店を経営展開する、いわゆる遣り手だった。当時竜崎は、彼の店を任されていた。
「悪かったね? 突然w」そんな事、微塵も思ってない笑顔で、迎えた。「…早速で悪いけど、奥に入ってグラスとか、洗ってねww」
厨房に入ると、竜崎がいて、アイコンタクトを交わして笑ってくれた。(…頑張るよ!!)やる気モードに、点火した。
――すごい量の洗い物を、一心不乱で片付け続けた。(あと少しで、終わる…)ほんのちょっとの、油断だった。
【Avongrove】
小鳥の巣
一個のグラスの落下音が、店内に響き渡る――「失礼しました」「しました」「しましたー」何人もの従業員さんの、謝る声が聞こえてきた。
失礼しました。と言ってから振り返って、竜崎を見た。彼は、(…自分が、やった事でしょう? 自分で責任をとりなさい)とでも言いたげな、冷たい表情だった。
何だか悲しい気持ちでいると、畳み掛けるように、災いはやって来たw――「あーあ。これ、バカラだよ?(嘘)」「バカラって、国宝だよ(嘘)」「こりゃあ、50年はタダ働きして貰わんと(大嘘)」
もういいじゃねえか! 怪我しなくて良かったな? ――ありがとう。仁さん、大好きだよ☆
【Badamtam】
アーモンド
アイバーと竜崎は、すっごい仲が良い。正直僕は、心中おだやかではない気持ちで、見守っている。だけど確信もあった――「彼は、無類の女好き。絶対大丈夫」と。
竜崎は五感、特に嗅覚が優れていて、プロのソムリエから、何回もスカウトを受ける程だった。「私はウイスキー派。お断りします」と、いつも相手を烟に巻いていた。
ある日の食事会に、僕も同席を許された。たくさんの料理が並ぶ中で、アイバーが遅刻で現れた。僕らの横を通り過ぎた途端、
「香水、変えましたね?」…挑むような、眼差しだった。「シャンプーも。石鹸も」
殴られる! と思う程の、恐い形相で「――それ、(俺の)女に言ってみろ。馘首にしてやんぞ?」
だから、黙ってろよ? といつもの調子に戻して、談笑を続けた――「彼女にしたら、俺の全てを、暴かれそうだな(笑)」
その時、僕は、見てしまった。僕の大好きな、あの大きな瞳が、伏し目がちになって、陶酔しているのを…心臓を、えぐり出されたようだった。
【Chamling】
戦場の休息地
――竜崎を誘惑したのは、僕からだ。こんなことは、初めての経験だった。
遊びでもいい、と思った。彼に見つめられるだけで、苦しくてたまらない。魚が水を得るように、空気を吸うように、彼が必要だった。
《欲しい》気持ちを、止められなかった。偶然触れられた日は、その指で、狂ったように自慰に耽った。(彼は、激しいのだろうか?)(それとも、優しくするだろうか…)どんな彼でも、構わなかった。愛してくれるなら――全てを、受け取めるつもりだった。
竜崎も僕も、酒が強い(月陽1位2位)。その彼を、僕のあさましい目的の為に、潰した。前後不覚の彼は、好きな人と触れ合っていると思うだろう。僕の方は――2度とないこの機に、全身全霊で彼を《記憶した》。彼の感触。体温。息遣い。指の動き。髪の柔らかさや、舌と唇の味わい。それから…
【Dakotee】
家
「好きだ」(…しまった!声を)「…知っていましたよ、月くん」「!!?」「もうずっと前から――」
涙が、止まらなくなった。「ごめん…嫌いに、ならないで」――想いが届いた幸福感と、明日からの不安感で、震えが抑えられない。(どうしよう…)自分を、両腕で抱き締めていた。
彼は、嘆息しながら「一回だけ、ですか?」「いちどだけ。想いを、遂げたくて…」「一回で、何がわかると言うんです」「――え?(何を、言い出すんだ)」
初めて、なんでしょう? 教えてあげますよ。色々と――こんな感じで済し崩し的に、僕らの関係は始まった。
【Devgiri】
神聖な山
竜崎に、料理を教えたのは、仁さんだ――家に帰って来る度、習ったことを実践(≒実戦?)してくれるので、毎日おいしいご飯が食べられて、僕はとっても幸せだった。
(竜崎が言うには、)アン・ルイス似のお母さんが、荻窪で日本料理店を経営していたので、結局この道を進んだのも、その影響があるかもしれない、と言っていた。
「仁さんに一番褒められるのは、賄いの炒飯ですよ」「…?? それって、褒められてるの」「ええ。“店やれるレベルだ”って」「“今まで食った中で、最高の炒飯だ”って」…彼が笑顔でいると、僕も幸せな気持ちになる。
「では、“ごちそうさま”――」「ええっ☆ “ごちそうさま”も、するの?」「そうですよ。世の中の、バカポーと呼ばれている方達は、全員するんですよ(嘘)」
はい、じゃあ――軽く、キスされた。この時はまだ…子供扱いだ。
【Dhara】
河川地域
拓男とは、アイバーを介して知り合った――いや、これは正確ではない。拓男のことは、もっと以前から「知っていた。」
昼間、交差点で向こうから来る、大勢の中の一人と、目があった――彼は視線を、逸らさない。僕も…外す理由も、意味もなかった。
接近した時、彼は口の端で“ニッと”笑った。僕も笑顔を返した。彼も僕も――互いの姿が見えなくなるまで、何度も振り返って、目で追った…《運命的なもの》を感じた。
数日経って、定食屋の前で電話する彼に会った。その時は気づいても、互いに目礼だけだった。(…こんな、出会いもあるのか)と、思った。
別の夜、アイバーの店に行って、彼と再会した――拓男とアイバーは、ぶ厚いマニュアルのようなものを繰りながら、真剣に話をしている。何かの交渉を、していたのかもしれない。
【Giddapahar】
ハゲワシの丘
「あれ? お前ら、知りあい?」…明らかに、様子の違う2人に、勘の鋭いアイバーが気づいた。「いーえ。全然w」
拓男は、以前交差点で初めて見せた、恐い目線で、僕を見た。(…俺を「知らない」と言え!)関わるんじゃねえよ、と言わんばかりの強い圧迫感だった――僕は、観念した。
「はい。名前は存じ上げませんが」「…は?」「ああ、この人拓男。名字渋井丸ね。こちら夜神月さん」
「…どういう、ご関係ですか?」「店の常連客(嘘)。お前らは?」「交差点で、会ったんです(本当)」「またまたぁw そんな子には、見えなかったのになあ(←現在も、意味不明)」
その後、僕は彼らから離れて、本を読みながら竜崎を待った――僕の生涯で大切なものを得られた、宝物のような夜だった。
【Gielle】
レプチャ族の王
――行為を終えて、小休止していると、彼がじっと、僕を見つめていた。(いつもは、目を閉じているか、そのまま眠っちゃうのにな…)
「どうしたの? 疲れた」「…お祭りに行くと、必ず綿菓子を買うんです」「5色の。袋の、長いやつ」――彼の話は、いつも唐突だ。だけど低い声が、心地いい。
「一緒に、行こうね?」「今度は、僕が買ってあげる」お誘いかと思って、嬉しかった。「違うんです。私は――」
「私は、今まで…煙草臭いのやら、酒臭いとか、唾液臭いのとしか、キスしたことありませんでした」(何を――言い出すの?)さすがに、起き上がった。「…僕が手慣れてなくて、未熟で我慢ならないって、言うの?」
「違いますよ。月くんは――」彼も起きて、僕の両肩に手を添えた。「まるで、綿菓子です」「心地いい柔らかさと、甘さが、ある…」
【Goomtee】
折り返し地点
いきなり…キスされた。「ほら、ね?」「綿菓子に口をつけた、あの触感」「同じですよ――食べられないかな」…本気で、口唇に歯を立てられた。
「痛いよ、やさしくして?」「じゃあ、優しくしましょう――大人の、やり方で」
長いキスを、初めてされた。舌が…口腔内を生き物のように、ねぶる。(はぁ、ん――苦しすぎて、息が、できない…)背筋を、快感が走った。体じゅうが、ひくついた。
「気持ちいい、でしょう?」勝ち誇った顔で、僕の唇を解放した。「絶対、誰にも渡しませんよ――」
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