Wants 1st 番外SS

□パロディシリーズ
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『last moment』

Side:ゼン


 冷たい雨が降る。
 雨粒は次々とコンクリートに当たっては跳ね返され、ただ只管に無数の水溜りを大きくしていった。

 寂れた街外れ、とうの昔に無人となったビルの陰で。
 不規則になっていく息遣いを、俺はただ呆然と聞いていた。


「――は、……ッ」

「ミヒロ」

「……っとに、バカだな、お前は」


 ゆっくりと、静かに、一言一言噛み締めるように。ミヒロはそう言った。
 胸元を押さえた手も、俺が密かに気に入っていたミヒロによく似合う服も。
 強くなっていく雨では拭い去れない程に、紅で染め上げられている。


『一瞬の失敗で、取り返しがつかなくなる』


 出逢った頃から――行くあてもなく彷徨っていた俺が拾われた時から、何度となく言われてきた言葉。

 その言葉は、あくまで俺に向けて発せられたものだとばかり思っていたのに……まさか、ミヒロ自身にもあてはまっていたなんて。
 よくよく考えれば、ミヒロの命にだって限りはあるのだから、そう不思議なことでもないだろうに。

 どうしてだろう。
 どこかでミヒロは、永遠に生きている気がしていた。


『誕生日? いや、知らないけど』

『なら、今日を誕生日ってことにしろ。去年俺に拾われて、お前がゼンになった日』

『……』

『何だよ、無反応過ぎるだろ』

『いや、なるほどなと思って』


 名を呼ばれることもなく、冷たい街を彷徨い歩き、絶望していた日々。
 俺をゼンという一人の人間にしてくれたのは、確かにミヒロだった。


『ちっげぇよバカかお前! それじゃあ武器使用としての構えだろが!』

『しょうがねぇだろ、包丁なんて握ったことねぇんだよ。俺には料理なんて――』

『ったく。いいから、見てろよ』


 共有した空間、何て事の無い会話、触れ合った肌の感触。
 その一つ一つが、俺には勿体無い程の思い出で。


『一つだけ願いが叶う――だってさ。神頼みなんて、くだらねぇな』

『うん。けど、本当だったら良いなとは思う』

『……ゼンにしては、珍しいな。何か願い事でもあんのかよ』

『人並みには』

『教えろ』

『いやだ』


 ――さっきまで寒くて不快だった雨が、今では遠く感じる。
 さっきまで痛くて吐き気すら覚えていた傷さえ、もうどうでも良い。


「……何で、お前まで……って、愚問か」

「愚問だな」


 覇気の無い声で苦笑するミヒロに答えて、俺はその正面に腰を下ろした。
 一度は閉じられていた瞼が、またゆっくりと開いて俺をとらえる。


「ちゃんと倍返ししておいたから」

「おう、見てた……お前も、怖い人間になったもんだな」


 俺のせいか、なんて言って微笑んだミヒロにつられて、俺もまた少し口元を緩める。
 ミヒロに似たんだったら、本望だよ。
 そんなことを思いながら。


「……怖いか?」

「意外と落ち着いてるよ」

「そ、か……」

「……ミヒロ」


 ――ミヒロの心臓が、止まりかけている。
 その命は、風前の灯だ。

 一瞬の計算の狂いから、敵からの攻撃をかわし損ねた。
 ただそれだけのことで、俺のミヒロが消えかけている。


 その瞬間は、少し焦った。
 けれど……前々から、こうなったらどうするかは決めていたから。
 とうとうその時が来たのかと、静かに受け止めている部分もあって。
 俺は自分の中にあったシナリオ通り、直後から仇討ちを行った。

 自分の実力無視で実行したから、右腕が飛んだし、腹も撃たれたし。
 俺ももうすぐ、この世とサヨナラすることになるけれど。
 そんなことは、どうでも良い。


「……ミヒロ」

「……」

「ミヒロ」


 蒼褪めていくミヒロの肩を左手で揺すれば、いつかミヒロがくれたリングが薄暗い中煌めく。
 ミヒロの瞼が、もう一度だけ開いた。


「抱き締めてよ」


 そう言えば、微かに弧を描く唇。
 そこもまた紅で汚れているけれど、それでもやっぱりミヒロは魅力的だった。
 
 自分からミヒロの正面に収まりにいくと、そっと背中に腕を回され、引き寄せられる。
 ミヒロらしくない弱い力だったけれど、そればっかりは仕方が無い。


「……ゼン」

「……」


 あぁ、今度は、俺の声が出ない。
 ミヒロの匂いに安心して閉じた瞼は、思っていた以上に重くって。
 答えられない代わりに、俺も背中に回していた指先に力を入れた。


「……向こうで、逢おうな」


 うん、もちろん。
 そのつもりだから。


「愛してる……」


 俺も。

 ミヒロ、と声にならない声で囁いて、瞼を微かに動かせば、雨を弾くコンクリートが映った。

 そういえば、ミヒロに拾われたあの日も、こんな雨が降ってたな。
 何だか、すごく懐かしい。

 そう思ったら、やたらと穏やかな気持ちになった。


 寂れた街外れ、とうの昔に無人となったビルの陰で。
 俺は愛する人と、境界線を超えていく。


『で? お前の願いって何だよ』

『……もし、ミヒロが』

『俺が?』

『ミヒロが、死ぬ時は……俺も』

『あぁ、なるほど』


 唯一の願いは、叶ったのだから。
 神頼みも悪くなかったのかもしれない。


fin.
*** 

サバイバルな世界を生きるパートナーとしての二人……というテーマでした。
メリバですみません!

2012.10.19

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