Wants 1st 番外SS
□パロディシリーズ
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『出逢いの夜に』
Side:アキト
燃える松明の向こう側に、やたらと赤い月が昇っている。
仲間を引き連れ、かなり栄えているらしい街に入っていくと、日が沈んで随分経ったというのにそこは活気に溢れていた。
どうやら先週上陸した潔癖な街とは真逆で、海賊だろうが何だろうがウェルカムな場所らしい。
要は金さえ落としていってくれれば誰でもオーケーという、タフな奴らが集う場所なのだろう。
「キャップ」
ふと振り返れば、今にも走り出したいのであろう仲間たちが、既に目を輝かせていた。
俺は苦笑しながら、頷いて許可を出す。
「明日の日の出には、船に戻れ」
そう言うと、無数の勢いのある返事が返ってきた。
そして皆思い思いの場所へ散っていき、それぞれ長旅の疲れを癒しに行く。
それを軽く見届けてから、俺もまた、同様に一人歩みを進めた。
――俺たちはこの辺の大陸では有名な海賊で、勿論御尋ね者集団の一つではあるが、大抵の港町では羽根を伸ばすことが出来た。
というのも現在世界は慢性的な不景気であり、例えそれが海賊であろうと、金の巡りを良くする客は歓迎したいというのが民の本音だからだ。
さすがに一般人相手に凶悪犯罪を繰り返す海賊はそうもいかないが、俺たちのように、海上の同士相手に暴れているレベルなら、そこまで警戒されない。
ただ言うまでも無く、俺たちに品行方正さは求められないから、そういう要素を兼ね備えた客しか歓迎しないという街では異端とみなされてしまうが。
「お兄さん、海賊?」
どこかのバーに落ち着こうと思っていたら、タイミング良く女が声を掛けてきた。
人寄せの女が、派手な色で露出の多い衣服を纏っているのはどこの国でも同じらしい。
適当に微笑み掛けて案内に付いていこうすると、彼女ははしゃいで喜ぶ。
「こんなカッコイイ人連れてきたら、きっと皆びっくりするわ!」
「そりゃ良かった」
「沢山お酒飲んでね!」
「ストレートなおねだりだなオイ」
現金な願いにも関わらず、どこか笑ってしまうのは、彼女の気質が元々陽気だからなのだろうか。
幸い、今夜はそれなりに羽振りも良く飲めそうだし。
たまには、ハメを外すのも悪くないかもしれない。
そう思って街の中央部にある、それなりに立派な店構えのバーへと足を踏み入れた。
「アキトさん、おかわり持ってきましたー!」
「おう」
木枠の窓から見えていた月は、いつの間にか高い位置へと移っていったらしく、気付けば街は灯の色だけになっている。
何本目かの酒がグラスに注がれるのを眺めながら、俺は伸びをした。
メシは旨いし、サービスにも嫌味が無いし。
何の気無しに立ち寄った街だったが、なかなか居心地の良い所だ……きっと仲間たちも、楽しい夜を過ごしていることだろう。
改めて店内を見回していると、ふと奥で接客をしている一人の店員に目が留まった。
「……なぁ、アイツは?」
「え? あぁ、あの子もウチの稼ぎ手よ」
「へぇ。……男、だよな?」
「そう。男色の人に付く子だけどね」
そう言われて、一瞬目を見開く。
なるほど……あのルックスなら納得だ。
年頃こそ俺とそこまで変わらないのかもしれないが、とにかく普通の男には無い、繊細な美しさを湛えた奴だった。
柔らかそうな髪に、遠目でも灯りを爛々と反射させているのがわかる大きな瞳。
やたらと色っぽい口元と、小柄な背丈。
少年のような透明感と、娼婦のような艶っぽさという相反する要素を兼ね備えた、不思議な空気を放っている男だ。
港町のバーで、男色対応の客引き等を見た事は腐るほどあるが、これほどまでに目を引く奴を見たのは初めてだった。
見れば見る程興味が湧き、俺はすぐに彼をテーブルに呼ぶよう声を掛ける。
「残念。彼は夜明けまで、あのテーブルについてなきゃいけないのよ。さっき買われたから」
「なら、俺がもっと上の値で買う。いくらだ?」
肩を竦めて断った女に即座にそう答えれば、驚いたように瞬きをされた。
そして告げられた額を聞いても尚、俺は彼を呼ぶようにと告げる。
金は、遣うことに意味があるのだ。
いつ海の底に沈まないとも限らない人生を送っているせいか、一過性のものに多額を払うことに躊躇いは無かった。
俺から金の束を受け取った女は即座に立ち上がり、俺が目をそらさずに見ている彼の元へと真っ直ぐに向かっていく。
彼の耳元で何やら囁くと、恐らくこういった展開には慣れているのであろう彼は大して驚いた様子もなく頷き、視線を彷徨わせた。
そして俺を見付けると、初めて少しだけ目を見開く。
俺は目が合ったことに高揚感を覚え、思わず微笑み掛けた。
一歩、また一歩と。
彼と俺の距離は縮まっていく。
「――指名してくれたんですね、嬉しいです」
そして俺の目の前までやってきた彼は、そう言って微笑んだ。
手の届く距離で細められた瞳の中では、赤い灯がゆらゆらと揺らめいていて、まるで幻影でも見ているようだ。
「堅苦しいのはナシだ。気軽に行こうぜ」
「……ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
俺の言葉にもう一度微笑んだ彼は、そう言って滑らかな動きで俺の隣に腰を下ろした。
女物とはまた違った――だけど男臭さとも無縁であろう香の匂いに、一瞬意識を捕らわれる。
「一口に男っつっても、色々いるもんだな」
「え、何の話?」
「俺の船には、お前みたいな奴はいねぇからさ」
「あぁ、やっぱり海賊さんだよね?」
「他に何に見えるんだよ、こんな適当な格好してんのに」
「冗談でしょう。汚れていても服は上等だし、何より貴方は美しいから。他の職だって言われても、きっと信じちゃうよ」
「上手い事言うな。常套句の一つか?」
「確かにこれも常套句だけど、今のは本音」
そう言って悪戯っぽく笑い、肩を竦める彼に、俺はますますそそられていく。
迷わず肩に腕を回せば、彼は一瞬目を見開いた後に、少し頬を赤らめた。
「……さすがは海賊だね。俺、普段こんな事でときめいたりしないんだけどなぁ」
「そりゃ光栄だわ」
「今まで見てきた海賊って、みんな野蛮な雰囲気だったんだけど。お兄さん、色気有り過ぎ」
「アキトだ」
「え?」
「名前。アキトって呼べよ。お前は?」
半ば強引にそう尋ねれば、彼は数秒間視線を落とした後、小さく「ケイゴ」と答える。
聞けばそれは本名であり、本来この店では別名で活動しているらしい。
「何で俺には教えてくれたんだよ」
「……何でかな。アキが、変なフェロモン出してるからじゃない?」
「ふ、アキか。いいな、それ」
俺は普段は、キャプテン、キャップと呼ばれる事が多く、アキトと呼ばれることさえ少なかった。
だから言うまでもなく愛称も無かったし、ケイゴが呼んでくれたそれは、酷く魅力的な響きだ。
「……可愛いな、お前」
人を惑わすような色を帯びてはいるが、だからと言って完全に慣れているわけでもなく、時々ははにかむような邪気の無い笑みも覗かせる。
細い腕や柔らかい髪、少し垂れ目がちな大きな瞳。
今まで美しい人間なら何人も見てきたはずだが、これほどまで魅了されたのは初めてだった。
それは外見は勿論、何となくケイゴが醸し出している雰囲気に、どことなく癖になりそうな気配があるせいかもしれないが。
「それ、口説いてる?」
「口説いてるように聞こえなかったんなら、言い直すけど」
「あはは、積極的だね。アキって、もっと怖い人かと思った。美形過ぎるせいかな」
「俺の顔は、お前にも有効か?」
自分のルックスには、そこまで重きを置いてこない人生だったけれど。
使えるものなら、使った方が良いに決まっている。
この魅惑的な男の目には、俺の顔は見飽きている程度のものとして映るのだろうか。それとも――
「……かなりね。男相手なら百戦錬磨だとばっかり思ってたのに、アキのせいで今自信喪失しかけてる」
「安心しろ、俺も似たり寄ったりだ」
「どういう意味?」
「仕事で相手されてるってわかってんのに、結構お前に執着しそうな予感がする」
そう言って頬に触れると、大きな瞳がまた少し揺れた。
「……アキなら、いくらでも美人さん囲えるでしょ。こんな港町のバーで、小遣い稼ぎしてる男捕まえなくたって」
「まぁ、現実だけ見りゃそうだよな。でも、気になるものはしょうがねぇよ」
「……」
「なぁ、今お前の時間は俺が買ってるんだよな?」
「え? うん、そうだけど……」
「なら、この時間中に約束させれば、営業時間外のお前も独占出来るか?」
「あはは、そんな無茶な」
「茶化すなよ」
俺は少し目を泳がせて笑ったケイゴの頬に手をそっと添え、声を潜める。
「わかってるだろ。マジで口説いてんだけど」
「……」
「明日の朝には、船を出すんだ。攫っても構わないか?」
「そんな……現実的じゃないよ。出逢ったばかりなのに」
「こんなに欲望に忠実なのに、現実的じゃないわけねぇだろ。時間なんてどうでも良い」
「だって……、そんな、すぐには」
「お前はこの街で、生涯を終えるつもりなのか?」
そういう強い意志があるのなら、無理にとは言わないが。
ケイゴの瞳を見る限り、決して今の生活が、幸で満たされているようには見えなかった。
勿体無ぇ……まるで石に紛れた宝珠だ。
俺は、自分の直感には自信がある。
外のセカイに出れば、ケイゴは絶対にもっと輝ける。
「……見知らぬ土地で放り出されたりしたら、俺生きていけないし」
「放り出さねぇよ。俺は仲間は見捨てねぇタイプだ」
「でも……戦ったりも、出来ない」
「戦闘要員は足りてる」
「じゃあ、何を――」
「色を売らなくとも、お前なら男の士気を高めさせる為の方法は、星の数ほど知ってんじゃねぇの?」
そう言えば、ケイゴは大きな瞳で俺を真っ直ぐに見詰めてきた。
大きな決断をするかどうか、迷っているようだった。
「それが嫌なら、もっと違うことでも良いし。生きる意味なんて、ゆっくり探せばいいだろ」
「……」
「それすら諦めてる今よりは、マジなんじゃねぇ?」
「……そうかもしれないね」
「なら、決まり」
夜明けには、お前を攫うから。
そう囁くと、ケイゴは潤んだ瞳を細めた。
ケイゴが今までどんな人生を送ってきたのかなんて知らないし、今何を思っているのかもわからない。
けれど、それは大した問題ではないのだ。
それもまた、これから少しずつ知っていけば良いのだから。
「今夜のお酒の味は、忘れられないかも」
ケイゴは洒落たグラスに入った酒を手の中で揺らし、微笑む。
「アキ、俺の新たな出発に乾杯してくれる?」
「違ぇだろ」
「え?」
俺はふわりとしたケイゴの髪を指先で撫でてから、自分もグラスを持った。
そしてニヤリと口角を上げる。
「恋の予感」
「?」
「――に、乾杯。だろ?」
「……ははっ、アキってば。キザ過ぎる! カッコ良くなかったら、かなりサムイ台詞だよ」
「カッコイイから良いんだよ」
パチパチと、燃えて弾ける松明の音。
更けていく夜、風で運ばれてくる潮の匂い。
運命の出会いとなった夜に飲んだ酒の赤色を、俺は――俺たちは、きっと忘れはしないのだろう。
恐らく、この心臓が止まったとしても。
fin.
***
秋斗×京吾は本編と同様、一目惚れから始まる恋です。
そして今さらですが、ほぼラブシーンのないパロディシリーズで申し訳ない……
2012.9.13