Wants 1st 番外SS

□パロディシリーズ
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「何で、僕の名前……」

「マジかよ、予想はしてたけど……こんな、酷過ぎる」


 疑問符を浮かべたままの僕に対し、彼は悔しそうに眉を潜めると、その理由を語ってくれた。
 僕にとっては、衝撃的な話を。


 ――彼の名は、ミナトと言うらしい。
 僕も少し前まではよく耳にしていた、貴族御用達の武器や高級品を扱う商人一族の人間だった。

 父も生前は、彼らのお得意さんの一人だったということを僕も知っている。
 特にミナトは本来鍛冶業の方に出入りしている人間だから、騎士の中でも上位にあった父とはかなり親しくしていたそうだ。

 そう言えばいつだったか父が剣を直しに行った際、僕と同じくらいの年頃の青年がいると話していたことがあったっけ……まさかそれが、ミナトだったとは。


「あの人が濡れ衣を着せられたって聞いたのは、かなり最近なんだ。丁度遠方で仕事をしていたから、ずっとこっちの情報は途絶えていて……かなりショックだったよ」

「父が死んでから、すごく目まぐるしく動いたからね」

「それにしても、あの人程人望のある人も早々いなかっただろうに。誰も庇ってはくれなかったのか?」

「いたのかもしれないけど、父に次ぐ位の人たちは皆グルになってたし……僕たちの発言は、上に全然届かなかったから」

「酷ぇな、あんなに頑張ってたのに……家族がこんな目に遭ってるんじゃ、あの人も浮かばれねぇだろ」


 眉を潜めて、心底納得がいかないと首を振るミナト。
 父がいなくなってからというもの、僕らに同情の視線を送る者はいても、こんな風に共に心を痛めてくれる人はいなかった。
 だから、そんな風に言ってくれただけでも嬉しくて。


「……ありがとう。一人でもちゃんと知っててくれる人がいれば、頑張れる気がする」

「ハルカ」

「現実は変わらないけど、気持ちは少し楽になったよ」


 久し振りに、笑みが零れる。
 神様を恨みそうになった瞬間もあったけれど、今ならこの偶然に感謝出来る。
 彼に出逢えて、本当に良かった。


「……嘘だ。楽なワケねぇだろ」

「え?」


 でも彼は、微笑んだ僕の顔を見てますます怖い顔をする。
 次の瞬間には服を掴んでいた手をぱっと握られて、僕は目を見開いた。


「こんな傷だらけの手ぇして……霜焼けどころじゃねぇじゃん。どんだけこき使われてんだよ」

「……」

「小せぇ頃から散々勉強させられて、かなり教養もあるんだろうに……こんな所で、下働きなんて」

「……だって、他にどうしようもないし。僕に選択肢なんて」

「選択肢があれば良いんだな?」


 どうにもならない事を言われて、半ばムキになって言い返した言葉を遮り、彼は真っ直ぐに僕を見つめてくる。
 意味がわからなくてただただその目を見つめ返せば、「キレーな目ぇしてんな」なんて的外れなことを言われた。


「俺さ、今日でここでの仕事終わりなんだよ」

「……」

「今丁度店畳んでた最中で、これから城下町の方へ帰るワケ」

「ふーん……そうなん、だ」


 せっかく僕の素性を知っていて、尚且つ味方になってくれる心優しい人に出逢えたのに。
 すぐに訪れるであろう別れを知り、僕は内心かなり落ち込んだ。

 ここにミナトがいるとわかっていれば、寒空の元無駄な買い出しに行かされても、きっと辛くはなかったのに……。


「で、提案なんだけど」

「?」

「俺に攫われてみない? とりあえず」

「……え?」


 言っている意味がわからなくて、僕はぽかんと口を開けたまま彼の綺麗な顔を見つめた。
 もうじき山の向こうに消えてしまうであろう西日に反射して、彼の瞳とピアスが光を放つ。


「何、言って……」

「直々に交渉したって、きっとあーだこーだ言われて面倒なことになるだろ? だったら無断で出て行こうぜ」

「出て行く……?」

「酷使した下働きの子は、寒空の下でとうとう倒れてしまった……ってなったら、雇い主の評判的にも都合が悪いし、わざわざそれを血眼になって探したりはしねぇだろ」

「は?」

「っていうことで、ハイ決まり! 表向きは行き倒れたってことにして、このまま俺と一緒に行くぞ」

「ちょっ、待っ、ねぇ!」


 僕の返事も聞かずに、ミナトは軽々と僕の身体を担ぎ上げた。
 バタバタと手足を揺らしてみても、びくともしない。


「うわ、軽ッ! やべぇよ、ホントに近々倒れるところだったんじゃね?」

「ミナト……さん、本気なの?」

「ミナトでいいって。そりゃ、出逢った以上は放っておけねぇだろ。尊敬してたあの人の息子だっつーし、それに――」


 言いながら僕を大きな荷台の上にぽんと置いた湊は、周りから隠すように売り物の大きな布地を僕に巻き付け、ふっと微笑む。


「――それに、お前可愛いし」

「か……っ?!」

「俺がいくら社交的だからって、誰にでもさっきみたいに話し掛けるワケじゃねぇから」

「……」

「何かわかんねぇけど、お前は特別! ビビッときちゃったんだよなァ」

「……意味、わかんない」


 きっと今の僕は、無駄に真っ赤になっていると思う。
 頭ごと布にくるまれている状態で、本当に良かった。

 ――いくら父の知り合いだとは言え、初対面の人に連れていかれたりして。
 どう考えても有り得ない事態なのに、何故か僕は酷く安堵感を覚えていた。

 特別直感が強いってわけじゃないけれど……きっと、この人は大丈夫。
 なんて、根拠の無い自信があったのだ。


「え、ハルカ料理出来んの?!」

「まぁ、少しは……」

「やった! ウチただでさえ女が少ないし、いても男勝りで料理嫌いな奴ばっかだから、スゲー助かる!」

「え? ちょっと待って、それって僕が料理するって決ま――」

「そういや最近本店に入荷した服に、ハルカに似合いそうなやつがあったんだよ。着せんの楽しみだわ」

「いやだから」

「あ、帰り途中で一泊すんだけど、部屋一緒で良いよな?」

「僕の話聞きなよ!」


 ――これは僕が、彼に恋をする少し前の話。


fin.
***

遥のイメージが先に決まったため、今回はこんな感じで。
でも何名かコメントをくださった、ナイト系の役の湊もいいなと思いました!

2012.9.1

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