Wants 1st 番外SS
□パロディシリーズ
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『たとえ世界が変わろうとも』
Side:ユキ
「あー、疲れた」
森を抜けたところで、思わずそんな独り言が漏れた。
一人で城を抜け出すのは、一体これで何度目だろう……まったく、習慣というものは恐ろしいものだ。
段々とこれが普通になって、罪悪感など微塵も感じなくなるのだから。
――この世界には、いくつかの国がある。
そしてそのそれぞれには必ず名前が付いていて、さらにはその数だけ王というものも存在した。
それは無数の者たちが正しく群れる為の……つまりは人が人として生きていくための社会を築くために、必要不可欠なものらしい。
そう勉学上で叩き込まれた知識は、俺にとってはまったく実感の湧く話ではなかったけれど。
とりあえず。
俺はそんな、一国の王家に生まれた者の一人だった。
ただ、だからと言って人生をガチガチに拘束されてきたわけではない。
何故なら俺は、末っ子で。
王位継承者としては専ら、昔から野心に溢れ、出来が良かった長男へと期待されているからだ。
出席する社交界での俺の仕事は、言ってみればその場に立って華を添えること……無駄にこんな見てくれで生まれてきたものだから、まるで女みたいな役回りで。
まぁこれに関しては、出来ると言っているのになかなか剣術を習わせてくれない、両親たちにも責任があると思うけれど。
とにかく俺の周りは、大抵過保護過ぎるのだ。
そのわりにきちんと異性の伴侶を作れだの何だのと口を出してくるのだから、本当に迷惑な話だと思う。
「え……ユキ様?!」
「あ、やべ」
森を離れて間も無く見えてきた、隣国の城。
裏からこっそりと忍び込んでいたら、運悪く見回りの兵に見付かってしまった。
流石はアイツの城……いつ来ても抜かりの無い警備だ。
「アイツいる?」
「困ります、ユキ様。ユキ様ならば必ずお通しするのですから、きちんと正面の門から――」
「なぁ、アイツいる?」
早速説教を始めそうになった兵にそう繰り返すと、彼は諦めたように小さく息を吐く。
って、一国の王子に溜息って何事だよ。
「……ええ、本日陛下は城内にいらっしゃいます」
「わかったー」
「あっ、ユキ様! お部屋まで付き添いを付けますので――」
「何回も来てるから平気!」
「そういう問題ではないんですって!」
焦ったような叫び声を背後から聞きつつ、俺はさっさと城内へと足を踏み入れ、走り出した。
相変わらず、嫌味なまでにふかふかな絨毯だ。
物作りの盛んなこの国を治めるアイツが住んでいるだけあって、城内で目に映るものは、それぞれ一級品の中でも頭一つ飛び出るような値のものばかり。
高価な物は見慣れているはずの俺ですらそう思うのだから、よっぽどだと思う。
「何か腹立つ……」
アイツには欠点というか、弱点は無いのだろうか。
不敵な笑みを思い出して思わず顔をしかめたものの、さっさと諦める。
だってそうは言っても、俺は実際こうして……城を抜け出したり忍び込んだりしてまでも、アイツに会いに来ているのだから。
まったく、世の中フェアじゃない。
結局は、惚れられた者勝ちなのだ。
「あ、いた」
慌てた顔で止めにくる兵士たちを無視して、恐らくこの城の中で一番豪奢な扉を、音を立てて開け放つ。
と、そこには予想した通りの姿が、これまた豪奢な椅子に座っていた。
彼は技巧の凝らされた装飾が際立つテーブルに片肘を着き、何やら難しい文書に落としていた視線を、ちらりとこちらへと向けてくる。
そんな些細な仕草にさえ色気を纏わせるコイツに、頭脳や力も備わっているだなんて、本当にフェアじゃない。
天はコイツに、一体何物を与えたのか。
「……また忍び込んで来たのかよ、お前」
「予約が取れるなら、次からそうするけど」
「それは便利な仕組みだな。検討しておく」
100パーセント出来もしない事を口走りながら、若くして既に一国を背負うこととなった若き王である男――リョウは、肩を竦めた。
リョウとは幼少の頃に、同じ「王の息子」という立場の者として出逢った。
だけど時を経た俺たちには、最早歴然とした差が生まれてしまっている。
リョウは今は亡き先代の王に続いて、この国の唯一無二の存在となり……一方の俺は、ただの王家の血を引く者でしかなくなったのだ。
だけど……
「聞いた。お前、そろそろ後継ぎ作れってジジイ共に言われてんだって?」
「……誰に聞いた?」
「兄貴たちが噂してるのを、小耳に挟んだ」
じとりと睨みつけながらそう言うと、リョウは長い指先を目元に寄せて、「余計な事を……」と零す。
何だ何だ、その面倒臭いといわんばかりの顔は。
「女連れ込むの? ヤんの?」
「もうちょっと遠回しに聞けよ」
「ちゃんと答えろ」
「ヒステリーは可愛くないぞ」
「うぜぇ」
ドスドスと歩み寄って、複雑な紋々が刺繍された肩当てに拳をどんと埋め込むと、リョウは表情一つ変えずに「いって」と文句を漏らした。
「殴るな。痛ぇだろが」
「痛ぇなら痛ぇ顔しろよ、腹立つな」
「いいから落ち着け、ユキ」
「とっても落ち着いてますー」
「嘘吐け。……こうなると思ったから、お前には言わずに色々と進めていたのに」
「あぁ?! 女の選出を?」
「違ぇよ。血の繋がっていない人間にも、後を継がせられる仕組みを作ることだよ」
「……え」
「まったく。恋人の気が短いと、本当に苦労をする」
他の事は、大抵上手くやれるんだけどな……とぼやきながら、リョウは俺の腕を引っ張った。
俺はそのままその膝に、対面したまま腰を落とす形となる。
「血が繋がってない人間にも……って?」
「実力主義なこの国なら、そこまで不自然じゃねぇだろ。王を継ぐに相応しそうな、優秀な男が甥にいるんだ。血が繋がってるって理由だけで、まだ影も形も無い実の子に継がせるって決め付けるよりも、よっぽど理に適っているだろう」
「……」
「大臣たちも良い顔こそしていないが、折れ始めている」
「……」
「そうじゃねぇと、誰かさんがキャンキャン騒ぐのが目に見えてるしな」
「ふっざけんなよ、誰がキャンキャン騒いでるだって?!」
「お前だろうな、どう考えても」
ムカつく言い様に目を吊り上げたものの、心底安心したのは否めない。
「生産性が無い」と、非情なまでに同性に本気になる俺をどうにかしようとする俺の国の風習とは異なり、この国の者たちは涼の意思に甘い。
これも人徳ってやつなのだろうか。チクショウ。
俺なんて、今やリョウに会いに来られないように、城に閉じ込められてる生活を送ってるっつーのに……まぁ、こうやって普通に抜け出してるけど。
「良かったなユキ。お前の方は長期戦になりそうだが、こちらはわりとすんなり認めてもらえそうだ」
「……お前はそれで良いのかよ」
「今更弱気になったのか? 一国の王子ともあろう者が、単身で他国の城に忍び込んでおいて」
くくっと笑ったリョウにもう一発喰らわせてやろうと腕を振り上げたら、今度はあっさりと拳を捕まえられてしまった。
思考然り、身体能力然り……リョウの能力は、いちいち俺の上をいく。
「……ムカつく」
「そんな無敵な恋人が、好きでたまらないくせに」
「ムカつく!」
「何しろヒステリーを起こす程、惚れ込んでいるしな」
「ムカつく!!」
ジタバタと手足を振り回したら、右足でリョウの上等なサーコートを少し汚すことに成功した。
はっ、ざまぁ。
「……ユキ」
「あ?」
「いい子にしねぇと、どうなるんだったか覚えてねぇのか?」
不意に低くなった声にぎくりと動きを止めたものの、時既に遅し。
やや伏せられた瞼の下から向けられた眼差しに、俺は嫌な汗をかく。
「ちょ……ちょっとした冗談じゃんか」
「王の衣服を足蹴にするなんて、最高のジョークだな」
「心が狭い!」
「お前に言ってもらえるなんて、光栄なことだ」
「ちょっ」
短く切り返すと、リョウは問答無用で俺を担ぎ上げた。
どんどん寝室に向かって歩き出す様子に、俺はさっきとは違う理由でジタバタと暴れる。
「お、お前仕事中だったんだろ? 別に今無理して相手してくれなくても……」
「遠慮を覚えただなんて、ユキも成長したな。でも気にするな、多少休憩を入れたところで、俺の業務には差し支え無い」
そう言って、無駄にバカでかいベッドへと放られた。
いやいや、人を投げるなよお前。
「扱いが悪過ぎる!」
「それはおかしいな。愛するお前の言動を参考にしたんだが」
「何だよ、そんな怒らなくても良いだろ」
「怒る? 俺が? 冗談言うな、お前には信じられないくらい優しくしてるだろうが」
この俺が、と言って、リョウは例の不敵な笑みを零す。
色を増したその視線に、俺がさらに縮み上がったのは言うまでも無かった。
「じゃあ、改めて。……ユキ、ようこそ我が城へ」
fin.
***
どっちも王家イメージだったので、王様×隣国王子でした!
特にヤマはない。
2012.8.22