Wants 1st 番外SS
□パロディシリーズ
9ページ/9ページ
『last moment』
Side:ゼン
冷たい雨が降る。
雨粒は次々とコンクリートに当たっては跳ね返され、ただ只管に無数の水溜りを大きくしていった。
寂れた街外れ、とうの昔に無人となったビルの陰で。
不規則になっていく息遣いを、俺はただ呆然と聞いていた。
「――は、……ッ」
「ミヒロ」
「……っとに、バカだな、お前は」
ゆっくりと、静かに、一言一言噛み締めるように。ミヒロはそう言った。
胸元を押さえた手も、俺が密かに気に入っていたミヒロによく似合う服も。
強くなっていく雨では拭い去れない程に、紅で染め上げられている。
『一瞬の失敗で、取り返しがつかなくなる』
出逢った頃から――行くあてもなく彷徨っていた俺が拾われた時から、何度となく言われてきた言葉。
その言葉は、あくまで俺に向けて発せられたものだとばかり思っていたのに……まさか、ミヒロ自身にもあてはまっていたなんて。
よくよく考えれば、ミヒロの命にだって限りはあるのだから、そう不思議なことでもないだろうに。
どうしてだろう。
どこかでミヒロは、永遠に生きている気がしていた。
『誕生日? いや、知らないけど』
『なら、今日を誕生日ってことにしろ。去年俺に拾われて、お前がゼンになった日』
『……』
『何だよ、無反応過ぎるだろ』
『いや、なるほどなと思って』
名を呼ばれることもなく、冷たい街を彷徨い歩き、絶望していた日々。
俺をゼンという一人の人間にしてくれたのは、確かにミヒロだった。
『ちっげぇよバカかお前! それじゃあ武器使用としての構えだろが!』
『しょうがねぇだろ、包丁なんて握ったことねぇんだよ。俺には料理なんて――』
『ったく。いいから、見てろよ』
共有した空間、何て事の無い会話、触れ合った肌の感触。
その一つ一つが、俺には勿体無い程の思い出で。
『一つだけ願いが叶う――だってさ。神頼みなんて、くだらねぇな』
『うん。けど、本当だったら良いなとは思う』
『……ゼンにしては、珍しいな。何か願い事でもあんのかよ』
『人並みには』
『教えろ』
『いやだ』
――さっきまで寒くて不快だった雨が、今では遠く感じる。
さっきまで痛くて吐き気すら覚えていた傷さえ、もうどうでも良い。
「……何で、お前まで……って、愚問か」
「愚問だな」
覇気の無い声で苦笑するミヒロに答えて、俺はその正面に腰を下ろした。
一度は閉じられていた瞼が、またゆっくりと開いて俺をとらえる。
「ちゃんと倍返ししておいたから」
「おう、見てた……お前も、怖い人間になったもんだな」
俺のせいか、なんて言って微笑んだミヒロにつられて、俺もまた少し口元を緩める。
ミヒロに似たんだったら、本望だよ。
そんなことを思いながら。
「……怖いか?」
「意外と落ち着いてるよ」
「そ、か……」
「……ミヒロ」
――ミヒロの心臓が、止まりかけている。
その命は、風前の灯だ。
一瞬の計算の狂いから、敵からの攻撃をかわし損ねた。
ただそれだけのことで、俺のミヒロが消えかけている。
その瞬間は、少し焦った。
けれど……前々から、こうなったらどうするかは決めていたから。
とうとうその時が来たのかと、静かに受け止めている部分もあって。
俺は自分の中にあったシナリオ通り、直後から仇討ちを行った。
自分の実力無視で実行したから、右腕が飛んだし、腹も撃たれたし。
俺ももうすぐ、この世とサヨナラすることになるけれど。
そんなことは、どうでも良い。
「……ミヒロ」
「……」
「ミヒロ」
蒼褪めていくミヒロの肩を左手で揺すれば、いつかミヒロがくれたリングが薄暗い中煌めく。
ミヒロの瞼が、もう一度だけ開いた。
「抱き締めてよ」
そう言えば、微かに弧を描く唇。
そこもまた紅で汚れているけれど、それでもやっぱりミヒロは魅力的だった。
自分からミヒロの正面に収まりにいくと、そっと背中に腕を回され、引き寄せられる。
ミヒロらしくない弱い力だったけれど、そればっかりは仕方が無い。
「……ゼン」
「……」
あぁ、今度は、俺の声が出ない。
ミヒロの匂いに安心して閉じた瞼は、思っていた以上に重くって。
答えられない代わりに、俺も背中に回していた指先に力を入れた。
「……向こうで、逢おうな」
うん、もちろん。
そのつもりだから。
「愛してる……」
俺も。
ミヒロ、と声にならない声で囁いて、瞼を微かに動かせば、雨を弾くコンクリートが映った。
そういえば、ミヒロに拾われたあの日も、こんな雨が降ってたな。
何だか、すごく懐かしい。
そう思ったら、やたらと穏やかな気持ちになった。
寂れた街外れ、とうの昔に無人となったビルの陰で。
俺は愛する人と、境界線を超えていく。
『で? お前の願いって何だよ』
『……もし、ミヒロが』
『俺が?』
『ミヒロが、死ぬ時は……俺も』
『あぁ、なるほど』
唯一の願いは、叶ったのだから。
神頼みも悪くなかったのかもしれない。
fin.
***
サバイバルな世界を生きるパートナーとしての二人……というテーマでした。
メリバですみません!
2012.10.19