Wants 1st 番外SS
□Original TitleV
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47.君と拓く世界
Side:Noboru
自分のクラスのHRが終わってすぐに、いつものように瀬那の教室へと迎えに行った。
そしていつものように二人で、廊下を歩き始めて。
今日も平凡でありふれた――それでも幸せな放課後を迎えるのだと勝手に思っていたが、落とし穴とは意外な所にあるものだ。
階段に差し掛かった辺りで、突如背後から名前を呼ばれた。
「伸」
「……あぁ」
振り返れば、昨年同じクラスだった友人――厳密に言えば、実はもう少し深く関わった人間なのだけれど――そんな彼が、微笑んで佇んでいた。
透明感のある雰囲気に、控えめと見せ掛けて意志の強そうな瞳。
一癖も二癖もある性格を、見事に隠しきっている微笑みをたたえた表情。
関わっていた頃と何ら変化の無い「彼らしさ」に、思わず苦笑が漏れる。
「何だか伸の顔を見るのは、久し振りな気がするよ」
「そうだね……瑠衣(ルイ)は元気だった?」
社交辞令的な言葉を返しつつも、沈黙を守りながら成り行きを見守っている隣の瀬那が気になった。
その表情には特に喜怒哀楽のどれも反映されてないものの、ピリピリとした警戒するような空気を放っているのは、伊達に恋人をしているわけじゃないからよくわかる。
参ったな……瀬那って意外と、勘が鋭いんだよね。
「うん、元気だよ。伸になかなか会えなくて、ちょっと淋しかったけどね」
「……冗談は止めて欲しいんだけど」
彼の細くて色素の薄い髪が、笑って首を傾げたと共にさらりと流れる。
基本的には他人にペースを持っていかれる事のない俺だけれど、瑠衣は少しだけ厄介だ。
勿論俺には及ばないけれど……言うなれば、「同族」。
かなりポーカーフェイスだし、頭もキレる。
今だって、俺を怒らせない程度のギリギリなラインで、悪戯を仕掛けてきているくらいだ。
ギブアンドテイクで関わっていた頃は特に問題無かったものの、今となっては――隣に瀬那がいる状況では、些か都合が悪い。
「あれ、『俺も』って言ってくれるかなぁって期待したのに」
「恋人が出来たからね。淋しいとは思わないよ」
本当は一ミリも傷付いてなんかいないくせに、困ったように瞳を細めて言う瑠衣に、はっきりとそう言葉を返す。
あぁ、まずい。
瀬那が不穏な空気を放ち始めた。
「あぁ……それもそうだね。というか間近で見ると、本当に綺麗な恋人さんだよね。こんにちは」
瑠衣は肩を竦めながらくすりと笑い、瀬那へと話し掛ける。
まるで子どもに話し掛けるように。
「……」
瀬那は何も言わずに、じっと瑠衣を見返していた。
瀬那は元々かなり人見知りではあるものの、本質的には礼儀正しくて優しい子だ。
だからこの反応には、俺も少し驚いた。
「……伸」
「え」
「帰ろう」
瑠衣からすっと視線を外した瀬那は、いつもの甘えたような微笑みで俺にそう言う。
……まさかの完全無視。
付き合って以来、ここまであからさまに他人を拒む姿は見たことが無かったから、俺は少し戸惑った。
けれど、瀬那がそうしたいのなら、俺はそれに従うまでで。
「わぁ、無視されちゃった」
背後からは相変わらず微かに揶揄するような響きを帯びた瑠衣の言葉が聞こえてきたけれど、俺も振り返りはしなかった。
……あぁ、多分しくじった。
それからしばらく無言で歩き、昇降口を出て。
寮への短い帰り道を歩きながら、俺は戸惑いがちに口を開く。
「もしかして瀬那、瑠衣のこと知ってる?」
「うん」
シンプルに返ってきた言葉に、やっぱりそうかと溜息を吐きそうになった。
どの道いつかは、この時がくるかもしれないと懸念はしていたけれど。
――有沢 瑠衣(アリサワ ルイ)……昨年、俺が唯一同じクラスで関わりを持っていた人間だ。
理由はただ一つ、お互いに都合が良かったから。
行動を共にしていれば、この狭い世界の中ではカップルなり親友なりと、勝手にセットで見られるようになる。
互いに他人から注目を集めやすいわりに、鬱陶しく付き纏われるのは嫌いだったから、利害の一致で隣にいることも多かった。
比較的ドライで深く干渉し合わないで済む関係は、不快感の無いものだったし。
そして、もう一つの理由は……
「去年、伸の隣の寮部屋だった人でしょう?」
「うん、まぁそうだね」
「それで、カップルだって噂されてた人」
「……まぁ」
「“一年の有沢瑠衣”」
「え?」
「って、前にひそひそ言われたことがあるから……それから京吾が、他の人に聞いてくれた」
俯いたまま、そう呟いた瀬那。
あぁもう、本当に全部知ってたんだな。
確かに類は、同学年の中性的な生徒の中でも、一際「綺麗」だと形容される美形の部類だと思う。
俺個人としては瀬那の方が格上だと思うけれど、ごく一部では瀬那のことを、「一年の有沢瑠衣」と呼んでいる者もいた。
だけどそれは単純に系統が近いということ以外にも、暗に俺と密接に関わるようになった人物という事も指している内容で。
瀬那からしたら、確実に気分の良い話では無かったはずだ。
「……瀬那、いつ聞いたのそれ。すぐに言ってくれれば、すぐに俺から説明しておいたのに」
謝罪の意もこめてそう言えば、瀬那は一瞬黙り込む。
内容が内容なだけに、俺からわざわざ言い出すのはどうだろうと思っていたんだけれど……これなら言った方がまだマシだったかもしれない。
「何だか……悔しかったんだ」
「悔しい? どうして」
「ね、伸」
不意にそう言って、足を止めた瀬那。
俺もその一歩先で、足を止めた。
「……ごめんね」
「何が?」
「俺、あの人好きじゃない。伸と仲の良い人だったとしても」
はっきりと言い切った瀬那は、今にも泣きそうな顔でそう言った。
真っ直ぐに向けられたアンバー色の澄んだ瞳が、ゆらりと揺れる。
「伸のこと、俺より知ってるみたいな顔をするから」
「……瀬那」
「嫌がらせされたとか、意地悪言われたとかじゃないけど……目が合う度に、勝てる気がしなくて」
「戦わなくていいよ。瑠衣は見た目こそあんなだけど、中身は純粋な瀬那じゃなくて、狡賢い俺に近い人間なんだから。関わっても碌な事ないよ」
「……」
瑠衣も余計な事をしてくれたものだ。
彼は俺を怒らせるなんてバカな事をするほど愚かではないから、特別マークをしていなかったのも仇となってしまったのだろう。
そういえば自分は干渉される事を嫌うわりに、他人をからかうのは好きという悪趣味なところがあったっけ。
瀬那にもその調子で、チクチクと小さなプレッシャーを与えては楽しんでいたに違いない。
まったく、油断も隙もあったものじゃないな。
「今のでわかっただろ? 俺にとって瑠衣は同士だったんだ。それ以上でもそれ以下でもないから、恋愛対象にはなり得ないよ」
苦笑しながらそう断言すれば、瀬那は俯き掛けた顔をもう一度上げた。
「……本当?」
「本当。絶対に無い、賭けてもいい。アレは守備範囲外だ」
「あんなに綺麗でも?」
「瀬那の方が断然綺麗だと思うけど」
「……キスしてない?」
「え?」
「一回も、抱き締めたりとかしてない?」
堰を切ったように出てきた質問に、俺は思わず目を見開く。
瀬那は至って真面目な表情で、それに逆に焦りを覚えた。
「……まさか。してないよ」
「絶対?」
「うん……本当に恋人だったわけじゃないし」
「良かった」
そう言ってあからさまにほっと息を吐いた瀬那は、そのままどんと俺に飛び込んできて、背中に手を回してくる。
ぎゅっと抱き着かれて、反射的に「可愛いな」とか思ったけれど――ここまだ外なんだよね。
まぁここを歩いてるのは、俺たちと同じように寮へ向かってる学園の生徒だから、別に良いと言えば良いんだけどさ。
思いっきり、注目を浴びている。
「瀬那、もう少し頑張れば部屋に着くから」
「……」
「……瀬那」
身を屈めてそっと顔を覗き込めば、潤んだ瞳がこちらを見つめた。
あぁ、やっぱり可愛いな。
外見は「美しい」って言葉がぴったりくるけれど、喜怒哀楽の表情がある時は、「可愛い」の方がしっくりくる気がする。
そんな瀬那は、俺だけが知ってれば良いんだけどね。
「行こう」
「……うん」
手を引いて歩き出せば、物足りなそうな顔をしているものの、瀬那は素直に歩き出した。
部屋の中の方が存分に甘やかしてもらえるということは、今までの経験からよくわかっているのだろう。
実際本当に寮まではすぐの場所だったから、5分もしないうちに俺たちはエントランスを抜けていた。
いつものようにエレベーターに乗り、今日は平日だけど、真っ直ぐに俺の部屋へと連れていく。
瀬那に感情の起伏があった時は、相談するまでもなく俺の部屋で過ごすのが、暗黙の流れとなっているから。
部屋に入ってリビングへ向かい、照明をつけたところで再び瀬那はすり寄ってきた。
今度は俺も咎めることなく、その身体を受けとめてあげる。
「……本当はね」
「うん?」
不意に話し始めた瀬那のくぐもった声に耳を傾けながら、瀬那ごと一緒にソファーへと腰を下ろして。
顔にかかっている前髪を払ってあげてから、そのきめ細やかな頬をそっと撫でた。
俺の手に頬を預けながら、瀬那はゆっくりと言葉を続ける。
「本当は、悔しいのもあったけど……怖かったんだ」
「?」
「もし……友達以上の何かがあったっていう話が事実なら、伸の口からは聞きたくなくて」
そう言って眉尻を下げた瀬那は、伺うように上目遣いで俺を見つめてきた。
……この顔は、ずるい。
「今は、俺のことを好きでいてくれてるってわかってるけど……聞きたくなかったんだ」
「……そっか」
「だから、何も言わなかった」
「わかった」
まるで懺悔するように告白した瀬那をぎゅっと抱きしめてあげると、瀬那は額を俺の肩口へと擦り付けてくる。
優しく背中を撫でれば、いつの間にか瞼を閉じていた瀬那が、そっと唇を合わせてきて。
どこかくすぐったい気分になるようなリップ音が、静かな部屋の中で繰り返し響いた。
「のぼる……好きだよ」
「わかってる」
「俺だけの伸でいて」
「うん」
「俺だけ見ててね」
恋人同士になってから、何度となく言われている言葉。
束縛は自分がするものだとばかり思っていたから、付き合う前はすべてにおいて控えめだと思っていた瀬那がこういうタイプだったという事は、嬉しい誤算だった。
愛する人からの束縛程、愛しいものはない。
あくまで俺の場合は、だけれど。
「欲張りになったね、瀬那」
「だめ?」
「そんな顔で、そんな声で言って。俺がだめだなんて言えないの、わかってるくせに」
「……伸、大すきだよ」
ふわりと笑った瀬那はそう言って、もう一度唇を合わせてくる。
天使のような微笑みと、求められている濃密な愛のコントラストが、妙に癖になりそうだ。
「ちゃんと思っている事を話せるようになったのは、良い事だね。付き合い始めの頃は、瀬那は遠慮ばかりしていたから」
「……そうかな。自分では、単純にワガママになったなと思うんだけど」
「そんな事無いよ。恋愛は二人でするものなんだから、お互いの正直な気持ちはきちんと話せた方がいい」
甘えるようにぴったりと身体を密着させ、抱きついてくる瀬那にそう話すと、瀬那は再びふわりと綺麗に笑う。
「ありがとう。伸は優しいね」
「瀬那にはね」
「嬉しい。幸せだよ」
すっと瞼を閉じ、胸に頬を預けてくる瀬那の額に唇を寄せた。
そこには純度の高い愛だけが存在していて、つまらない駆け引きなんて少しも含まれていない。
例えその濃度が「執着」とか「依存」と呼ばれるものと紙一重だったとしても、俺にとっては、唯一の嘘の無い大切な感情であり、関係だ。
それは俺の心を、一番凪いだ状態にしてくれるものだから。
「俺も、瀬那がいて幸せだよ」
そう告げると共にそっと指先を瀬那の顎にかけ、顔を上向かせる。
微かに首を傾げて唇を近付けていけば、瀬那はこの上なく綺麗に微笑んだ後、もう一度目を閉じた。
――これから時間を掛けて、ゆっくりと機嫌を損ねてしまったお詫びをしよう。
fin.
***
ちょっと瀬那の性格がキツく見えてしまったかもですが、伸の予想通り、実は既に何度かちょっかいをかけられていた結果です(ノ∀`;
今のところ瑠衣は脇役から昇格する予定はないのですが(笑)、もしかしたら続編のどこかでまたチラッと出てくるかも?
でもその際はまたちゃんと名乗らせますので、覚えなくて大丈夫です。
伸×瀬那の関係は好き嫌いが分かれるところだと思いますが、個人的にはこれも一つのカップルとしての個性だと捉えております。
人によって、何が幸せかの基準は違いますしね。
両者の愛情バランスが崩れたら、その瞬間から「ヤンデレ」と呼ばれるジャンルになるのかもしれませんが。笑
2011.2.7