Wants 1st 番外SS
□Original TitleV
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46.途中経過な僕ら
Side:Kosuke
「あはははっ、マジウケる! 昂介聞いたか……って昂介?」
「え……あ、なに?」
「何ぼやっとしてんだよ、最近多くね?」
「昂介のことだし、目ぇ開けながら寝てんじゃねーの? 冬眠か?」
「うっせぇよお前ら!」
俺の周りで賑やかに騒いでいたクラスメートに笑われて、一瞬ぼうっとしていた俺も再び会話の中へと戻る。
冬休みも明けて、すっかり正月気分も抜けてきた一月下旬。
俺たちはもう、いつもと変わらぬ学校生活を送っていた。
――そう、「俺たち」は。
寒くてなかなか起きられねぇ布団からようやく出て、ギリギリな時間に家を出て、学校へと向かって。
……違うのはそこに、翼の姿が無いことだけだ。
「……」
三年生は、受験本番シーズン。
他人より一年長く高校生活を送った翼もまた、大学進学希望だ。
各大学の試験が次々と行われる一、二月は、三年生の登校日がほとんど無い。
センター試験の後、答え合わせとかでちらっと登校する人たちがいたくらいで、それ以降は校内も一学年分ガランとしている。
翼は今も、家で勉強してるんだろうな。
昨年の夏以降は特に、“白”の活動が無い日は、翼は密かに先生を捕まえては勉強を教えてもらったりしていた。
巳弘さんの負担を減らす為に、塾には通わないと決めていたらしい。
志望校は「背伸びはしてないけど、決して楽勝で入れる所ではない」大学だとか。
将来何になるとまでは決めてないみたいだけど、色々と融通が利くように大学の細かい情報までチェックしながら着々と先の事を考えていた翼を、俺は何となく遠くに感じながら見守っていた。
たかが二歳差、されど二歳差。
しかもただでさえ俺はガキっぽいし、翼は大人っぽい。
春になったら翼はもっともっと俺の手の届かない場所に行ってしまう気がして、数ヶ月後に迎える新生活を思うと本当に憂鬱だ。
……恋人なら本当は全力で応援して、進路が決定した際には一緒に喜んであげるべきなのに。
それが素直に出来ない俺は、何て心が狭くて子どもっぽいんだろう。
鬱々と悩んでいる自分に、本当に嫌気が差してしまう。
「昂介ー!」
「あ、秋斗」
「昼食おうぜ。つか購買寄るから付いてこい」
「えー。購買行ってから俺ん所来いよ」
「は? したら購買行く間俺が暇になんだろうが」
「知らねぇし!」
「今教えたし」
当たり前のように俺のクラスに入ってきた秋斗に半ば無理矢理連れられ、俺たちは購買の方へと向かった。
暖房が効いていない廊下はすげぇ寒くて、俺は思わず肩を竦める。
「ちょー寒ぃ」
「この校舎古いよなぁ。どっかの金持ちが寄付して、京吾んとこみてぇになんねぇかな」
「あそこまで豪華になったところで、俺らが何の期待に応えられんだよ」
「昂介自虐的ー」
「現実主義なんです」
「昂介の口から聞くとは思わなかった」
鼻歌交じりに歩く秋斗と並び、歩き慣れた階段を下りていって。
購買の方へ行くと、思ったよりも並んでいる列は短かった。
「結構空いてんね」
「三年がいねぇからな」
「……」
「あ、わりぃ。翼思い出して淋しくなっちった?」
謝りながらも笑っている秋斗を、俺は軽くパシッと叩いてやる。
むすっとした顔をすれば、秋斗は「よしよし」と頭を撫でてきた。
「今からそんなんで、先が思い遣られるな。これからはもっと会えねぇんだぞ」
「あーもう秋斗うるさい! 怖い予言すんな!」
「予言つーか、事実だけど」
「……」
「あー、ごめんて。泣くなよ、虐めてるみてぇだろ?」
「泣いてねぇよ!」
わかってる。
わかってるし。
けど、わかりたくないんだよチクショウ。
秋斗にはわかんねぇよ! と言えたらいいんだけど、既に恋人と離れ離れ生活をしている秋斗は、この点に関しては先輩だ。
しかも週末以外は、放課後すら会えないという時間制限付き。
今までは漠然と「淋しいだろうなぁ」くらいに思っていたけれど、自分がこういう立場になってみて、その凄さがようやく理解出来た。
多分俺は、秋斗やキョウちゃんほど大人にはなれない。
週末しか会えないなんてなったら、不安が大き過ぎて爆発してしまうだろう。
だってさ、ずっとずっと一緒にいたんだ。
「幼馴染み」というポジションではあったけれど――ガキの頃から小学校時代、中学校時代、高校時代。
今思えば、べったりだったと思う。
そりゃ翼とは二年の学年差があったけど、ずっと互いに地元エリア内にいたワケだし。
中学と高校で別れていた二年間だって、結局は放課後になると、三日と空けず一緒に過ごしていた。
それがこの春からは、叶わなくなってしまう。
車で通うのか電車で通うのかはわからないけれど、大学はいずれにしても徒歩では行けないような遠い場所にあって。
翼は俺の知らない所で、知らない人たちと、知らない世界で生きていくことになるんだ。
それは俺にとって、恐怖でしかない。
わかってるんだよ、恋人なら信頼しなきゃダメだって事くらい。
いつか結菜も言ってたけど、翼がもし、やっぱり女の方が良くなってしまったら……なんて考えるのは失礼なことだって。
――それでも。
不安は日に日に大きく膨らんでしまって、暴走しそうになる。
怖い。
俺は翼の恋人になれてから、多分欲張りなった。
「まぁ、今はそういう時期だよな」
「え?」
「鬱っぽくなるっつーか、うだうだ考えるっつーか」
いつの間にかパン3つとパックのジュースを買っていた秋斗は、ストローを咥えながらそう言う。
俺は首を傾げて、相変わらず非の打ち所が無い幼馴染みの横顔を見つめた。
「俺も京吾が受験の時、結構そうなったから」
「……マジで」
「相手の勉強が忙しくて、会える時間が全然無くなるじゃん。メールも電話も、気ィ遣って短時間で切り上げたりするし」
「うん」
「しかもこっちは普段通りの生活してっから、悩める時間は存分にあるしな。今思えば、無駄な事ばっか考えてた気がする」
「そういうもん?」
「おう。だってまだその時になってねぇのに、具体的な事なんて何もわかんねぇだろ。適当な想像からくる『もしも』ばっかじゃねぇ?」
俺は黙ったまま、秋斗の言葉に耳を傾けた。
俺と翼の関係を知っている人間自体、周りには少ないのだ。
この話題を普通に出せるだけ、秋斗の隣は気分が安らぐ。
そのまま秋斗は、空き教室へと入って行った。
秋斗のサボり場所の一つで、普段使われていないその場所は、カーテンが閉まったまま薄暗くなっている。
秋斗は即行でカーテンと窓を開け、換気をしつつ暖房のスイッチも入れた。
「ウチの学校、暖房の効きだけは良いよな。ついでに冷房も付けてくれりゃいいのに」
「確かに。夏は地獄だよな」
適当に相槌を打ちながら、俺は乱雑に置かれていた机の一つに昼飯を置き、椅子に座って突っ伏した。
正面に座った秋斗は、やっぱり笑いながら俺の頭を掻き混ぜてくる。
「俺を犬か何かと間違えてるだろ」
「いや、だってお前今捨て犬みてぇな顔してっから」
「……秋斗」
「あ? なに」
「すげぇ淋しい。泣きそう」
「まぁ物心付いた時には、一緒にいたしな。慣れるまではキツイだろ」
「慣れんのかな」
「さぁ。ぶっちゃけ俺は、いまだに慣れてねぇ」
突っ伏したままちらりと見上げた秋斗は、少し切なそうに笑っていた。
それを見たら余計に、切なくなる。
「けど、淋しいのはお互い様だからさ。京吾なんか、周りカップルだらけでもっとキツイと思うし」
「……」
「京吾が頑張ってる間は、俺も頑張るしかねぇじゃん」
「……ん」
「って、毎日自分に言い聞かせてる。俺だってスゲー淋しいっつの。出来る事なら毎日キスしてヤッて、抱き締めながら朝を迎えてぇよ」
「そこまで聞いてねぇし」
思わず吹き出しながら、俺は軽く秋斗の足を蹴った。
でも、純粋に秋斗はすげぇと思う。
俺もそんな風に、しんどい現実ごと受け入れながら、それでも「二人で頑張ってる」って他人に話せる時が来るのかな。
今はまだ、想像がつかない。
「もうちょいしたら……二月末になれば、翼も休みになんじゃん」
「うん」
「したら、休みの間に色々じっくり話し合えよ。毎日でもチューしてもらって、自信つけてもらえ」
「ちょっ、チュ、チューって!」
「淋しくて不安になるのは、愛してりゃ当たり前だろ。平然としてる方が嘘だって」
そう言いながら、「頑張れ」とぽんぽん頭を叩かれて。
……不覚にも、秋斗相手に泣きそうになった。
あんぱんにかぶり付いたまま、俺は一瞬動きを止めてしまう。
「オイ、マジで泣くなよ?」
「……」
「いやいやいや」
そしてさらに不覚にも、リアルに泣けてきた。
だってほら、何だかんだで弱音吐ける場所ってあんまり無かったんだよ。
困ったように苦笑する秋斗の顔が、ぐにゃりと歪む。
「お前なァ、まだ一月だぞ? 卒業式は涙腺崩壊決定だな」
「うー……」
「とりあえず、あんぱん置け。泣くか食うかどっちかにしろ」
「……っ」
「あーもー、わかったわかった。こーちゃんは相変わらず泣き虫でちゅねー」
「うっさい……っ」
「メンバーには見せらんねぇな」
秋斗は自分のカーディガンの袖口で俺の目元をグイグイと拭いて、「しょうがねぇなぁ」と言いながらぎゅっと抱き締めてくれた。
……ごめんキョウちゃん。
けどこれには、何のやらしさも無ぇから。
――俺には昔から、頼りにしていた兄ちゃん的存在が二人いた。
一人は愛して止まない、今や恋人にまでなれた翼で。
もう一人はこうしていつも、俺が行き詰まると手を引いてくれる秋斗だった。
俺はきっと、恵まれている方なんだと思う。
世間では決して多数派ではない、同性で年の差がある恋人との話を、共感しながら聞いてくれる相手がいるのだから。
「今夜辺り、ちょっと翼に会ってこいよ。久し振りに二、三時間一緒にいたくらいで、合否は変わんねぇから」
「でも……」
「一緒に夕飯食おうって誘ってさ。翼だって息抜きくらいしてぇと思うけど」
「そ、かな」
「おう。で、ちょっとは充電してこい。会えば多少良くなるから」
「……」
「多分お前の顔見た瞬間、翼――……ってまぁ、それは俺が言う事じゃねぇか」
「なになに? 何だよ気になる!」
「じゃ、本人に会って確認してこい」
「えー!」
その後しつこく秋斗に聞いたけど、結局教えてはもらえず。
俺は全然想像が付かなくて、すげぇすっきりしない思いを抱きつつも、翼にメールを送ってみた。
――そして、その晩。
拍子抜けするくらい簡単に、俺をアパートに招いてくれた翼は。
ドアが開いて目が合った瞬間、何故か目を見開いていて。
次の瞬間には、恋しくてたまらなかった体温と、香水と煙草の混じった匂いに包まれていた。
予想外の展開に、俺は呆然としたけれど。
後ろでバタンとドアが閉まる音がした直後、翼はさらに予想外の言葉を囁いた。
「俺も会いたかったよ」って。
俺「も」って。
そんなに顔に出てたかな。
だけど……
それを聞いた瞬間、さっきまでもやもやと胸の中でくすぶっていたものが、少しだけ晴れた気がした。
秋斗の言う通り、「会うこと」の威力ってすげぇな。
そんな事を思いながら、俺も久し振りの大きな背中に腕を回して、ぎゅっと力を込めた。
fin.
***
ちょい切なめ?シリアス? な感じですみませんでしたー(>ε<;)
基本的には糖度高めの溺愛テイストがモットーなのですが、甘いだけじゃないのよ恋はということで。笑
この時期の受験生には、なかなかコンタクトを取り難いですよね;
私も高3の冬休み以降は、自宅で朝8時から夜12時近くまで、食事以外は延々と机に向かっていた記憶がありますw
翼にとってはあっという間の一ヶ月でも、昂介にとっては長い一ヶ月になるんじゃないかと。
最後のシーンもそういう意味で、翼が捨て犬顔(笑)を見て「やべっ」と思った結果ですw
翼×昂介頑張れ!とエールを送ってやって下さい^q^
2012.1.30