Wants 1st 番外SS

□Original TitleV
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45.優しい味

Side:Yo


 授業が終わって瑞貴さんを迎えに行き、一緒に歩き始めて間もなく、不意に瑞貴さんが咳をした。

 今朝は珍しく瑞貴さんの寝坊で一緒に登校をしなかったし、メンバーと会わなきゃいけない用事があったから、昼休みも会っていなかったのだけれど……風邪でも引いたのだろうか。
 苦しそうに眉を寄せて咳き込むその様子を見て、思わず顔をしかめる。


「瑞貴さん、大丈夫ですか」

「うん、ありがと」


 そっと肩を抱いて背中をさすると、瑞貴さんは苦笑した。


「今朝から喉が痛くて」

「そうだったんですか……。じゃあもう少し、暖かくしないと」


 この学校では、何故か男子は制服の上にコートを着る習慣が無いのだが、こういう時ばかりは着た方が良いんじゃないかと思う。

 瑞貴さんは程良く綺麗に筋肉も付いているし、決して貧弱な体ではないのだけれど……細身である上に、見た目が儚ささえも感じる美しさである故、やたらと薄着が寒そうに見えてしまう。


「これ、使って下さい。というかマフラー無いんですか?」

「あぁ……この間巳弘さんに買ってこいって言われたんだけど、何となく買いそびれてて」


 自分が巻いていたマフラーを外し、瑞貴さんの首にくるりと巻いてあげれば、瑞貴さんは嬉しそうに微笑んだ。


「凄くあったかい」

「首に巻くだけでも、全然違いますよ」

「ほとんど付けた事ないから、何か変な感じ」

「……そうなんですか。近々、一緒に買いに行きましょう。それまではそれを使ってて下さい」

「え、でも」

「俺は他にもあるので。すごく似合ってますし、差し上げます」

「本当?」


 普段は隙のない瑞貴さんが、驚いたように目を見開き、嬉しそうに微笑む。
 俺はその表情に微笑み返しながら、密かに胸を痛めた。

 瑞貴さんが、俺の想像し得ないような家庭環境の中で育ってきたのは知っている。
 だからもしかしたら、こんな風に――ちゃんと防寒しろと言ってくれる人さえ、瑞貴さんにはいなかったのかもしれない。


「柔らかいね、気持ち良い」

「カシミアなんで、肌触りは良いと思います」

「カシミア? ……って、高いやつじゃ」

「前に短期バイトして溜めた分で買ったんです。家のお金じゃないんで、気にしないで下さい」

「……」

「大事に使ってくれたら、買った甲斐があります」

「……もちろん。陽からもらったんだから、大事にするよ」


 ふわりと微笑んだ瑞貴さんの笑顔が、どことなく切ないのは――恐らく、以前俺の家に来たせいだろう。
 あの時から時々、瑞貴さんは不安を覚えているようだった。

 まるで俺は裕福な家の息子で……自分はそうではないと、壁を感じてしまっているように。

 確かに俺の家は決して貧しくはないが、有名企業の社長息子というわけではないし、取り立てて「金持ち」というカテゴリーに入る人間ではないと思う。
 が、瑞貴さんにとっては、そうではないようだ。


「薬は飲みましたか」

「ううん」

「……今日、そちらにお邪魔しても良いですか?」

「来てくれるの? 陽からそう言ってくれるのは、珍しいね」

「放っておくと、瑞貴さん風邪悪化させそうだから」

「信用無いなぁ」


 そう言いながら指先を絡めてきて、甘えるように肩に頭を凭せ掛けてくる。
 俺はその髪にそっと口付けつつ、ゆっくりと帰り道を歩いた。


***


「ただいま、巳弘さん」

「お邪魔します」

「おう、おかえり」


 バーの扉を開ければ、巳弘さんはテーブルに向かって座っていた。
 何か仕事をしているらしく、テーブルには書類が広がっている。

 俺は帰り道で考えていた事を実行するべく、瑞貴さんに「暖かい格好に着替えてきて下さい」と伝えた。


「え? 陽は部屋に来ないの?」

「少しだけ、巳弘さんにお話があって」

「話? 聞いてないんだけど」


 むっとした顔をして拗ねる瑞貴さんの頬を撫でて宥め、どうにか部屋に向かわせたところで、俺はその様子を微笑みながら見守っていた巳弘さんの方へと歩み寄っていく。


「お前が俺に話って、珍しいな。どうした?」

「あの、実は――」


 それから巳弘さんに考えていたお願いをしたら、彼は快く頷いてくれた。
 俺はほっとして、お礼と共に頭を下げる。


「全部アパートの方にそろってるから。悪いな、ここから俺が退場出来ればバー貸せんだけど、丁度仕事の書類広げちまってて」

「いえ、バーは巳弘さんの大切な仕事場ですし、当たり前ですよ」

「瑞貴をよろしく。場所とかわかんねぇことあったら、翼に聞いてくれ」

「わかりました」


 そう頷いたところで、階段を下りてくる足音がした。
 振り返れば、私服に着替えた瑞貴さんの姿が。


「話、終わった?」

「はい。瑞貴さん、アパートの方に行きますよ」

「え?」

「合鍵持ってます?」

「あ、部屋だけど――」

「取って来ましょう」

「……?」


 夕飯を翼さんに作ってもらい、アパートの方で食べる事が多い瑞貴さんと漸さんは、二人とも合鍵を持っているのだ。

 不思議そうな顔をする瑞貴さんを促し、今度は一緒に上階へ上がって、それを持たせた。
 そして手を振る巳弘さんに頭を下げると、バーを後にして再び冷たい風の吹く外へと出る。


「どうしてアパートに?」

「行けばわかりますよ」

「内緒事とか、あんまり好きじゃないんだけど」

「瑞貴さんの為に、ちょっと作ってあげたいものがあるんです。すごく簡単なものだけど」

「作る……?」


 瑞貴さんはますます訳がわからないと言った風に首を傾げるものの、「瑞貴さんの為」という言葉を聞いたせいか、少しだけ機嫌を直した。


「甘いの、好きですよね」

「……甘いのと関係があるの?」

「はい」


 もう少し喜ばせてやろうとそう言えば、甘党な瑞貴さんはあからさまに表情を明るくする。
 相変わらず、年上とは思えないくらいに可愛らしい人だ。

 そして、バーからそれ程距離の無いアパートへとたどり着き。
 ドアを開ければ既に一足靴があって、巳弘さんが言った通り、もう翼さんが帰っている事がわかった。


「おう、来たか」

「お邪魔します、翼さん」

「今巳弘から電話で聞いた。ごゆっくり」


 翼さんはフッと笑い、自室に入ってパタンとドアを閉める。


「俺ばっかり、仲間外れ」

「拗ねないで下さい、瑞貴さん」


 やや口角を下げた瑞貴さんの唇に自分のものを合わせれば、三回目くらいでようやく瑞貴さんは笑ってくれた。


「じゃあ、リビングの方へ」

「うん?」


 瑞貴さんの手を引き、既に何度かお邪魔した事のあるリビングへと入る。
 この部屋はリビングダイニングになっているから、カウンターキッチンはすぐ見える場所にあった。
 俺は瑞貴さんをテーブルに座らせ、キッチンの水道で軽く手を洗う。


「何作るの?」

「料理は苦手だってご存じでしょう? 簡単なものなんで、あんまり期待しないで下さいね」


 そうは言ったものの、瑞貴さんはどことなくそわそわしていて。
 ついにはこちらへ来て、カウンター越しに俺の様子を見守り始めた。


「緊張するじゃないですか。得意分野じゃないのに」

「だって気になるし。……レモン?」

「はい。正式には、何日か漬け込まないといけないんですけどね。今日は簡単なやり方で」

「?」


 喉が痛い瑞貴さんの為に思い付いたのは、俺が喉風邪を引くと、母なり姉なりがよく作ってくれていたはちみつレモンだった。
 俺は特に甘いものが好きなわけではないものの、風邪気味の時は何となく美味しいと感じたものだ。

 もしかしたら、瑞貴さんは手作りのものは飲んだことがないかなぁと思って。
 これなら自分でも作れる範囲だし、思い切って材料を借りて作らせて欲しいと、巳弘さんに頼んだのだ。

 レモンを絞り、小さな生姜の欠片をすり下ろす。
 ハチミツの瓶を取り出すと瑞貴さんの表情はぱっと明るくなり、そんな子どものような無邪気さに思わず笑ってしまった。


「どうして笑うの?」

「瑞貴さんが可愛いからです」


 そう言いながら大匙でハチミツをカップの中に入れ、そこに一定量のレモン汁と、ほんの少しの生姜を入れると、お湯を注ぐ。
 くるくるとかき混ぜれば、はちみつレモンの独特な香りが漂ってきた。


「座りましょう」

「うん」


 瑞貴さんと一緒にソファーに腰を下ろし、カップを渡せば、瑞貴さんは両手でカップを包む。


「火傷しないで下さいね」

「平気だよ。手も冷えてたみたいだ、あったかい」


 そう言ってふうふうとカップの表面を数回吹いた瑞貴さんは、少しずつそれを飲んでくれた。
 簡単なものだし、美味しいもマズイもないと思うけれど。
 自分が用意したという事で、少しだけ緊張してしまう。


「……おいしい」

「良かった」

「はちみつレモンって、本当はこんな味なんだね。コンビニのペットボトルでは、飲んだ事あったんだけど」


 やっぱり。
 内心作って良かったと思いながら、俺はもう一口飲んでいる瑞貴さんの、目に掛かっていた前髪を払ってあげた。


「風邪気味の時は良いんですよ。喉にも効くっていいますし」

「そうなんだ。確かに、優しい味がするね」


 瑞貴さんはそう言って一度カップをテーブルにそっと置くと、ぎゅっと抱き着いてくる。
 肩口に顔を埋められ、その表情は伺い見る事が出来ないけれど。


「ありがとう、陽」

「いいえ」

「すごく嬉しい」

「良かったです」

「……陽、好きだよ」

「俺も、瑞貴さんが大好きです」


 きつく抱き締めてくる瑞貴さんを、痛くない程度に俺も強く抱き締め返す。
 いくら社交的で我が強くない性格であるとはいえ、きっと瑞貴さんは今まで、淋しい時間を多く過ごしてきたのだと思う。

 そんな瑞貴さんの心を、この先ほんの少しでも――俺が満たしてあげられたら。
 そう思うのは、俺のエゴに過ぎないかもしれないけれど。


「陽……」


 こんな風に安心したように微笑む瑞貴さんを、沢山見たいから。
 これからもきっと、貴方が喜んでくれることを……俺は必死になって探すのだと思う。


fin.
***

ということで、今度は陽×瑞貴の風邪ネタでした☆
私自身、はちみつレモンってたまにしか作らないんですけどね……;

瑞貴なら喜ぶだろうなぁと思って、料理苦手な陽に頑張ってもらいました^q^w
甘いものが出てくると、途端に歳相応(か、それ以下)に見える瑞貴です。

2011.12.12

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