Wants 1st 番外SS

□Original TitleV
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「漸、どうした?」

「なに」

「え?」

「なにすんの……?」


 痛いのは、嫌だ。
 苦しいのも、もう沢山。
 微かに震える身体は自分ではどうする事も出来なくて、俺は息を詰めてぎゅっと目を閉じた。


「……あぁ、そうか……」


 不意にすぐそばから聞こえてきた声は、巳弘によく似ている。
 その声を聞くと、いくらか緊張感が和らぐ気もした。


「漸、大丈夫だよ」

「……っ」

「熱が出た時はな、頭と額を冷やすもんなんだよ」


 巳弘みたいな穏やかな声に励まされ、俺はもう一度ゆっくりと瞼を上げた。
 冷やす……?


「そうすると、熱が下がって楽になるから」

「……」

「だから、デコにこれ貼らしてくれ。痛くねぇから」


 そう笑った翼が目の前に掲げて見せたのは、長方形型のシート。
 何か……テレビとかで、見た事ある。
 その時も確か、布団で寝てる病人とかが額に貼っていた。


「漸、触るぞ」

「……」


 物を見せてくれて、何をされるのかがわかっていれば、落ち着きを取り戻せる。
 それでも何かが怖い気がして、俺は終始目を開けていた。
 翼は再び俺の前髪に触れ、予告通りの事を、穏やかな動作で実行する。


「ほら、貼れた」

「……変な感じ」

「すぐに気持ち良くなってくるから。慣れるまでは、違和感あるかもしんねぇけど」


 頭と額の熱が、どんどん吸収されていくのがわかる。
 ――本当だ。
 翼の言った通り、何か……楽になる気がする。


「あと、薬飲む前に何か食えればいいんだけど……漸、何か食える?」

「いらない」

「いや、そうだろうけど……」


 ただでさえ、普段から食欲は無い方なのだ。
 力無くそう答えれば、翼は「参ったな」とぼやきながら、何かそばでカチャカチャと動かしていた。

 さっきので大分体力を消耗したせいか、瞼が異様に重い。
 耐えきれずに再び視界が闇に覆われた瞬間、不意に翼の声が二重になった気がした。


「熱何度?」

「39度以上出てる。今冷やし始めたところ」

「薬は?」

「瑞貴に聞いたんだけど、コイツ昼もほとんど食ってなかったみたいで……」

「わかった。あとは俺がやる」

「あ、巳弘」

「ん?」

「あの……漸さ、今まで――」


 話している内容は確かに聞こえているものの、理解するまでには至らない。
 俺にとっては意味の無い音として右から左へ通り過ぎていってしまうけれど、それでも安心する材料にはなった。
 俺が一番、安心する声だから……。


「漸」

「……」

「漸、少し頑張れるか?」


 俺の頬を、こんな風に撫でるのは……世界でたった一人しかいない。
 今度こそ、求めた存在がそこにあると信じて、俺は必死に瞼を持ち上げる。


「巳弘……」

「ただいま、漸」


 ――ようやく、身体の力が抜けた。
 身を預けるように身体を傾ければ、巳弘はベッドに乗り上げて俺のすぐそばに座り、俺を抱き起こしてくれる。


「薬飲まねぇと」

「巳弘……」

「ん、ここにいるから。ほら、少しで良いから食え」


 しっかり抱き込まれて、今ではすっかり馴染んでいる巳弘の匂いを濃く感じた。
 あぁ――熱が出てる時に、こんなにほっとするのは初めてかもしれない。


「……体、熱いな」


 巳弘はそう呟きながら、俺の髪を撫でてくれた。
 ――優しい。
 こんな時だからこそ……余計にそう感じる。


「……なに?」

「リンゴ。今朝剥いたやつ」


 不意に漂ってきた甘い匂いに目を開ければ、巳弘がフォークに差したそれを俺の口元に持ってきていた。

 お客さんにもらったとかいう、巳弘いわく高級なリンゴ。
 それ程食に執着の無い俺でさえ、美味しいと思ったものだった。


「一切れとか二切れでもいいから。ちょっと腹入れてから薬飲め」

「薬?」

「あぁ。飲むと、早く楽になるから。頑張れるよな?」


 巳弘の体温に安心して、ようやく少しずつ余裕が出てきた。
 何か……瑞貴も翼もそうだったけど、周りが異様に優しい。


「何で……?」

「ん?」

「何で、優しいの?」


 無意識のうちに、そんな言葉が口から転がり出る。
 どうやら熱を出している感覚から、俺の脳はどんどん時間を遡っているらしい。

 瑞貴と出逢って――共に、行き場を探し続けていた頃の記憶。
 サクやその連れの中に、身を置いていた頃の記憶。
 “あの男”と、同じ家に住んでいなきゃいけなかった頃の記憶……


 どこの記憶の中にも、何度かはこういう辛い日があったけれど。
 こんな風に、誰かに優しくしてもらえた事は無かった。
 むしろ無防備になる事は、本当に俺にとっては恐怖以外の何ものでもなかったのだ。

 だから俺はいつも、一人で身体が楽になるまで、身を潜めていた。

 それが二、三日で終わることもあれば、もっと長く続く事もあったけれど……
 そんな時間はとても辛く――孤独だったイメージと共に、俺の中に記憶されている。


「優しくするもんなんだよ」

「……」

「こういう時は、優しくするもんなんだ」


 巳弘に言われた通り、頑張って二切れ分のリンゴを食べ終えたところで、ぎゅっと強く抱き締められた。
 温かい――心地良い。
 このまま、眠ってしまいそうだ。


「漸、薬」


 けどそれは叶わず、そっと顎をすくい上げられて、口の中に小さな粒を入れらる。
 次の瞬間には、ゆっくりと唇が重ねられた。
 途端に口内に冷たい水が流れてきて、俺は一瞬驚きつつも飲み込んでしまう。


「な、に」

「飲み込んだか?」

「うん……」

「もう少し、水飲め」


 それからもう二回程、同様に水を飲まされて。
 気付けば俺は、巳弘ごとベッドに横たわっていた。


「眠るまで、ここにいてやるよ」

「ほんと?」

「多分、次に目が覚めた時も一緒にいる気がすっけど」


 ――薬が効いて、長く熟睡出来るといいな?

 巳弘はそう呟いて、さっき翼が用意してくれた枕の上に俺の頭を乗せると、横からすっぽりと抱き込んでくれる。

 身体は酷く重いのに……何故か、すごく幸せな気がして。
 今度は安心して、目を閉じる事が出来た。
 目元が熱いのは、熱のせいだろうか――?


「……泣くなよ、漸」


 そしてゆっくりと離れていく意識の中で、俺は巳弘の囁きを聞いた気がした。
 それが現実だったのか夢だったのかは、定かではないけれど。


「愛してる。ずっと、一緒にいてやるから」


fin.
***

お疲れ様でした◎
ちょっと長めでしたよね;
読んで下さってありがとうございますm(_ _)m

看病経験の無い瑞貴、看病され経験の無い漸、逆にどちらにも慣れている梶本兄弟。

そんな4人の様子を書きたいなぁと思ったら、やっぱり欲張りな内容になってしまいました^q^;

ちなみに「口移ししたら、巳弘に風邪移るじゃんw」というツッコミは無しの方向で(ノ∀`;
にしても、今回の漸は退行してたなぁ……。

漸の過去を思うと非常に切ないですが、今は穏やかに幸せだという事が伝われば幸いです☆
 
2011.11.28

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